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【お題小説】16.骨組みだけの羽で飛ぶ空

私は自転車のペダルを漕いでいる。
さほど力を入れずとも、不自然なほどスイスイと進む。
眼下には重苦しい鈍色の海。
滑らかなフォルムのハンドルは、本来なら銀色に輝くはずだけれど、今は海の色と同化している。

空気力学の観点から開発された、空気の抵抗を受けにくい自転車。
風の力で、どこまでも飛べる自転車。
力尽きて漕ぐのをやめない限り、どこまでだって行ける。
真っ直ぐ前を見て、どこまでもどこまでも。

……本当に?

私は不安に襲われて、空を見上げる。
白銀色の骨組みは、まるでメダカの骨のように細く、中心から外側に向かって伸びている。

骨組み、だけ?

本来張られているはずの羽布がどこにも見当たらなかった。
ぐらり、と機体が傾く。
体勢を立て直す暇もない。

風に揉まれて、ハンドルから左手が離れた。
かろうじて片手だけで掴まっている状態で、空中で仰向けになる。
澱んだ雲の合間、ほんの僅かに、吸い込まれるような青が見えた。
ほんの手のひらほどの大きさの、どこまでもどこまでも澄んだ青空。

あそこまで行けたら、きっと、また飛び直せる。
バランスを取り戻して、今度こそ真っ直ぐ飛んでいける。

私は手を伸ばす。
けれど私の体は、暗い海に向かってどこまでもどこまでも落ちていった。


お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。


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