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【お題小説】17.フードを被っても中は丸見えなの

「ルイより。二時の方向。西映ビル方面から遠見盛ストリートへ向かっているのを発見」
「テレジア、了解」
「フランツ、了解」
「アントワネット、了解。こちらに向かっているのを確認。後を追う」
 黒いパーカーのフードを目深に被った男が視界に入った。ルイのいう通り、俺がいる遠見盛ストリートへと入ってくる。
 酒を飲んでいるのか、足取りが危ういほどゆっくりだ。気を抜けば追い抜いてしまいそうになる。
「こちらテレジア。ターゲットに向かう形で歩行中。そのまま路地に連れ込みたい。応援を頼む」
「ルイ、了解」
「フランツ、了解」
「アントワネット、了解」
 相手に悟られないように、一定の距離を保って歩く。報告通り正面から、テレジアが向かってくるのが視界に入った。

 もちろんテレジアというのは本名じゃない。ひとりの人間に与えられたコードネームでもない。
 その日任務についた者の中で、ベージュのパーカーを着てフードを被った人間がテレジアと名乗る、というだけだ。
 俺は今日、ピンクのパーカーを配布された。だからアントワネット。見回り任務を終えて金をもらってこのパーカーを脱ぐまでアントワネット。それだけだ。

 テレジアが、ターゲットとすれ違う瞬間、素早く足払いをした。相手がバランスを崩してよろめいたところに俺が近づき、テレジアの方へとトンと押しやる。
 倒れかかった身体を支え、ふたりで細い路地に運び込む。ターゲットが声を上げようと口を開けた瞬間、ハンカチを押し込み、さらにもう一枚で口元を覆って後頭部で結んだ。
 決して人目を忍んでいるわけじゃない。通りを歩いていた何人もの人間に目撃されているはずだ。でも暴れたりせず流れるような自然な仕草で行えば、人はそれを「非日常」とは認識しない。記憶には留まらず、日常の光景にまぎれて忘れてしまうものだ。

 ビルに挟まれた細い路地は、日が当たらずじめっとしていた。後からやってきたフランツとも合流し、地べたに倒れたターゲットを囲む。
「フード被ってさぁ。誤魔化せるとでも思った?」
 フランツが嗜虐的な笑みを浮かべながら、靴先でパーカーのフードを脱がせた。ターゲットの顔が露わになる。二十代前半の青年。短髪黒髪、ワックスなし、眼鏡なし。少し眉が太いというくらいで、特徴のない顔立ち。雑踏にまぎれたら、秒で判別つかなくなるだろう。
 でも。
「何を被ったって、どこにいたってわかるよ。あんたの脳内、丸見えだ」
 フランツは、息がかかるほど青年に顔を寄せる。フランツの陰に隠れて、俺からは青年がどんな顔をしているのかさっぱり見えない。
「あんたが危険人物っていうの、お見通しなんだよ。だからさ。何かしでかす前に」
 フランツは腰を起こして、青年をうつ伏せにしてから、指をパチリと鳴らした。ちょうど五秒後、上から鉢植えが降ってくる。
 ゴッ。
 青年の頭に直撃して、地面に落ち、無残に割れる。
 見上げると、ビルの上部に移動していたルイが手を振ってきた。
 フランツが、青年の声を押さえていたハンカチを取ってポケットにしまう。青年の唾液がついているはずだが、そういうことは気にならないらしい。
「はい、任務かんりょー」
「戻って報告するまでが任務だぞ」
「そんな、遠足みたいなノリで」
 ルイは、ビルの雨樋をつたって器用に降りてきた。わいわいと楽しげに話しながら、本部に戻る。
 三人の後をついていきながら、一瞬振り返った。路地に連れ込むときは俺たちを振りほどこうと身体に力を入れていた青年の身体は、ぐにゃりと地面に横たわったままだった。

 殺人、リンチ、暴行、レイプ、虐待、あおり運転。世の中には、善良な人々が思いもよらない残虐なことをやってのける人間というものが存在する。
 警察は、コトが起きないと危険人物に対処してくれない。「コトが起きた」ときにはもう「被害者」が、最悪「犠牲者」が生まれている。
 善良な人々の痛みなくして、危険人物を排除することはできないのか?
 そんな悲劇を防ごうとして生まれたのがこの機関だ。
 誰がどういう意思で作ったのか、名称はなんなのか、トップは誰なのか、何も知らない。メンバーに聞いても「わからない」あるいは「考えたことがない」という答えしか聞いたことがない。
 はっきりしているのはメンバーが、危険人物が行動を起こす前に知ることができるということだ。
 危険人物は、脳の色が違う。厳密には「色」ではないが、この感覚を、知らない人に説明するのは難しい。
 とにかく見るだけでわかる。こいつはこの世界に存在してはいけないのだと。
 彼らが何かをしでかす前に、事故に見せかけて始末する。そうして幾人もの善良な人々が守られるのだ。

 と、メンバーは皆話す。
 だから俺も合わせて、そういうつもりで会話をする。
 本当は、「色が違う」なんてまったくわからない。
 始末してきた者全員、俺たちと同じ一般人にしか見えなかった。
 時々考える。本当に、俺以外の全員のメンバーは、「危険人物」だとわかってるんだろうか?
 もしかして、皆「見えている」振りをしているだけなんじゃないだろうか。
 考えるたびに、そんなこと考えるのはよそうと思う。
 だって、もしそうだとしたら、俺たちはただの殺人犯だ。
 俺たちは世直しをしている。善良な人たちのために日夜努力をしているのだ。
 一度手を染めてしまった以上、そう信じていないとやってられない。

「アントワネット、おっそい!」
「先に戻ってあいつの分の金、山分けしようぜ」
「ちょ……すぐ行くって!」
 そう、何も考えず、ただ信じて、俺は前を向いて走る。


お題はお題配布サイト「腹を空かせた夢喰い」様からお借りしています。



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