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【PODCAST書き起こし】落語本のおすすめについて語ります。(和田尚久・三浦知之)全5話 その4

見出し画像 【PODCAST書き起こし】落語本のおすすめについて語ります。(和田尚久・三浦知之)全5話 その4

【和田】それから私は、知らない人が多いかもなっていう本をちょっと紹介したいのは、これも2年前ぐらいに岩波の文庫に入ったんですけど、中込重明さんという人の『落語の種あかし』っていう本。これは、私はすごい名著だと思っています。この人は明治ぐらいの落語の研究者であり説話とかそういうものの研究者でもある人なんだけど、つまりある落語というものが成立したときにその元になる話っていうのがあったりなかったり、まあ何かあるだろうっていうことで、それを論じてる本なんですよ。よく言うのが、例えば『芝浜』という話は江戸時代に書かれた『窓のすさみ』という随筆があって、それに似たような魚屋の話がありますとか、そういうのがよく載ってるんだけれども、例えばキツネを逆に化かしちゃう話は『耳嚢』っていうような随筆に載っかっていて、たぶんそれの元はさらに〇〇みたいなものなんだけどっていう、それを探っていくのは割と皆さんされるわけですよ。だけど、この中込さんがすごくユニークなのは、例えば『風呂敷』っていう話があるでしょう?

【三浦】間男の話ですね?

【和田】間男の。あれを探っていったときに、アラビアの話を彼は紹介するわけ。

【三浦】アラビアにも間男がいたっていう? いる?

【和田】間男がいるし、そのトリック自体がものすごく似てるんです。

【三浦】なるほど。

【和田】それをごまかすために、アラビアだから風呂敷ではなくて大きなシーツみたいなものを持って来るんです。シーツを広げて間男を逃がして、亭主に「私は間男を逃がしたんだ」って言って、このシーツの1枚を使ってバサっってかけるわけ、亭主に。「あなた今何も見えないでしょ? 見えないわよね?」って言って、間男に今の隙に逃げろってやって逃がすわけ。亭主が何も見えない間に間男を逃がしてドアを閉めた。間男が出て行ったのを確認してからシーツを取った。「あなた今何も見えなかったでしょ?」って。こうやって私は窮地を脱したんですよって言って。あなたの奥さんがそんな女じゃなくてよかったわねっていうオチなんですよ。全く同じ話なの。

【三浦】そうですね(笑)。

【和田】これは中込さんもアラビアの話がどこからこう伝わって日本にきたっていうことを言ってるわけではなくて、いろいろ探したらこういうのがありますと。Aの話もありBの話もあり、日本だとCの話っていうバリエーションみたいな。伝わったという説も立てられるかもしれないし、そうじゃなくて同じものの先行する1000年前の話でもこういうのはありましたよみたいなやつを持ってくるんですよ。それがすごく面白くて。

【三浦】でも、あまりにも符合しすぎてますよね。

【和田】してます、ものすごいしてます。

【三浦】やっぱり持ってきたとしか思えないですよね。

【和田】だから半分は彼の推理なんだよね。

【三浦】そういうの面白いですね。

【和田】推理も含めての話なんだけど中込さんの発想がすごく面白いのは、例えば『芝浜』っていうのを論じるときに普通の人って魚河岸とか魚屋とか、その辺のキーワードで探していくと思うんだけど、お金を拾うっていうところを考えるわけ。だから捉え方が大きいんですよ。お金を拾って届ける話、あるいは届けない話っていうので探っていくから。

【三浦】視点が全く変わりますもんね。

【和田】そう。そのクロスぶりがものすごく面白くて。ただこの方、残念なことに30代かな? 早死にされたんですよ。だからちゃんと残ってるのはこのぐらいの本で。何年生まれって書いてないな。でも早死にされたはず。

【三浦】そうなんですね。

【和田】あっ、39歳の誕生日だ。結局だからあとがきは本人が書いてないの。

【三浦】そうですか。

【和田】本人が書いてなくて、彼の直接の師匠って言っていいのか分からないんだけど指導した延廣眞治さんっていう近世文学の研究家の学者の先生がいるんですけれども、この延廣さんがあとがきを書いていて、つまりこの本の刊行に間に合わなかったんです。

【三浦】そうなんですね。じゃあそれを見ずに亡くなられたっていうことですね。

【和田】そういうことなんです。

【三浦】それは残念ですね。

【和田】うん。延廣さんはあとがきに「落語のはやる時代がもうすぐまたくるはずである」と書いてるんです。それで「どうかその日を中込くん、慧眼で見定めてくれたまえ。そして傍点部のような表現が本文にも見受けられた場合には手直ししたことを許してくれたまえ」、ちょっと私が手を入れて刊行しましたって書いてあるわけ。「4月21日、中込くん39歳の誕生日に」「追記 4月30日、中込重明くんは白玉楼中の人となりました」、亡くなったということです。白玉楼っていうのは文人が逝くという冥土の世界ですね。「白玉楼中の人となりました。くしくも『明治文芸と薔薇』上梓の日でした」というふうになっていて。だから39歳の誕生日のときに亡くなられたということかな。でもこの人は今いたらすごかったと思うし、こういうふうに飛躍したというか、離れたものを結び付けてこれとこれとこれってつながりますよねっていうのはすごく面白い論だと思います。

【三浦】面白いですね。

【和田】映画評論家の森卓也さんっていう人がいて、この人は、僕はすごい好きな批評家なんだけど、その人も落語が好きで『寄合酒』っていう落語の中に、かつお節のだしを取るっていう場面があって、だしっていうのは本当は取ったスープがだしなわけじゃないですか。スープがだしでそれを飲んだりするわけよ。だけど茹でたやつをそれを理解してないで「だしが取れたよ」って言ってざるにだし殻を持って来たわけ。「こんなにだしが取れましたよ」って言って。「おまえ、そうじゃないだろう」って「これはだし殻って言って取ったあとの物なんだ、全然意味がないんだよ」って言って。「茹でたスープのほうどうしたの?」って言うと「え? あれがだしなの?」って言って「あれ、ちょうどいいお湯だったから洗濯しちゃった」っていう。「ふんどし洗っちゃったよ」とかっていうギャグがあるんですよ。それと同じギャグがビリーワイルダー監督の『第十七捕虜収容所』っていう捕虜収容所を舞台にした映画があるんですけど、それに同じギャグが出てくるの。これを森卓也さんと話してたのは、ビリーワイルダーが落語を引用したわけはないので、だけど発想が似てると両方に同じものが出るんだねっていう。たぶん出るんだねっていう話を。

【三浦】捕虜収容所のほうは何を取ったんですか? だしっていうのは?

【和田】あれはなんだっけな? なんかの収容所のものすごい薄いスープみたいなものができちゃって、それを使い道もないので洗濯しちゃうみたいな、そんなギャグだったと思うんですけど。

【三浦】だしを取るんじゃないんですよね?

【和田】じゃないです。ちょっと違うんだけど発想が似てる。

【三浦】できた物の使い方が違うっていう。

【和田】あと落語でやる『算段の平兵衛』っていう話があって、あれは心臓まひみたいなので死んじゃった死体があって、それを後ろから生きてるみたいなふうにしてトントンってノックだけして「なんですか?」って開けると、死体を置いておくと開けた人がびっくりして「え! どうなってるの?」みたいな展開なんだけど、死体を生きてる人みたいにフェイクでちょっと操るっていうのがあるんですよ。それはヒッチコックの『ハリーの災難』っていう映画にほぼ同じ感じで出てきたりとかして。だからそれもたぶん中込式にさかのぼるとすごく古く、まあアラビアか何か分からないけどたぶんあると思うんですよ。

【三浦】それきっとやってますよね。

【和田】死んだ男を3日間使った話みたいなのあると思うんだけど、おそらく。

【三浦】そうですよね。

【和田】だからそういうふうにクロスさせていくと、すごいつながるのは面白いなと思っていて。

【三浦】『らくだ』も死人にかんかんのうを踊らせますもんね。

【和田】あー、そうですね。

【三浦】死体っていうものの扱い方をちょっと視点を変えて考えると、なんかしようって思えばやれるっていうことですもんね。踊らせてもいいし歩かせてもいいのだろうし。

【和田】あと、それを第三者が見たときに生きてるっていうふうに錯覚させるっていうね。

【三浦】まあ『らくだ』の場合は死体だって分かってるからみんな嫌がって逃げるわけですけど。

【和田】何かの映画で、これは落語的なエリアじゃないんだけど、殺しちゃった死体を証拠隠滅のために酔っぱらい同士が肩を組んでるみたいな感じで歩いてるっていうのがあったんだけど、それは絶対に僕はできないと思うんですけど。無理だと思うんだけど。

【三浦】それ難しいですよね。

【和田】めちゃくちゃ難しいですよ。

【三浦】肩を組むとずり落ちちゃいますよね? どっかで支えないと。

【和田】ずり落ちます。それで6、70キロあるからめちゃくちゃ重いわけですよ。

【三浦】そうですよね。絶対に脇の下から抱えないと無理ですよね。

【和田】無理無理。よくミステリーにある、死体に別の服を着させたりするのってできないらしいですね。

【三浦】硬直するから?

【和田】硬直もするし、要するに死んだ途端に物体になっちゃうから。できないっていうか、まあ究極的にはできるんだろうけどものすごい労力でしょう。

【三浦】でしょうね。

【和田】トリックで別の服を着せるとかは非常に難しいみたいです。

【三浦】自然にその服を着てたようには絶対にできないですよね。

【和田】みたいですね。よく小説とかだとあるじゃないですか、そういうトリックが。ミステリーで。

【三浦】ありますね。中込さん、ちょっと*(00:11:28)。

【和田】これも岩波の現代文庫って言ったかな? あれに入ってる。だから圓生さんの『寄席育ち』と同じ。

【三浦】文学者ってことになるんですか? 研究者?

【和田】文学者です。ただしキャリア的には、なんとか大教授とか准教授とかにもなってないんです。

【三浦】なるほど。

【和田】そこまでならずに未刊で終わった方。まあ、みんな未刊ですけれども。

【三浦】そうなんですね。

【和田】近世・近世文学博士。だからそういう研究論文はいろいろ書かれてるんですよね。でもそれしかキャリアがないもんな、ここに書かれたね。たぶん東大かなんか学生として行かれてた人なんじゃないかな、おそらく延廣さんの。

【三浦】目の付けどころ、視点が非常にユニークですよね。

【和田】直接的に「これは何の随筆にあります」「中国の何から持ってきました」っていう本はあるんですよ。『落語三百題』っていう本だとか。それはそれで面白いんだけど、この人の場合は自分で探偵みたいに「つながるんじゃないの?」っていう論を展開するのが僕はとても好きですね。

【三浦】仮定をまずするんですね? それをね。一回自分で。

【和田】そう。で、こういう共通項があるって言って。

【三浦】で、これはおそらくどこか出どころというか、一緒なのではないか? 人間の考えることで非常に共通点があるっていう。

【和田】そうです。

【三浦】面白いですね。いわゆる落語論じゃないですけど、こういう目の付けどころは非常に面白いですね。

【和田】中込さんもこのフルヤさんと一緒で、僕は自分が落語ファンだから分かるんだけど、単なる古文書だけひも解いてる人じゃなくて本当に落語が好きな人です、この人。それは読んでて分かる。自分で客席にいて耳に入ってきたものとか、そういうものをベースにしてるなって。プラスちゃんとした本をひも解くこともできる。それもできる人だったなっていうのがよく分かります。

【三浦】持ってきたものが生きてるっていうことですよね。

【和田】そうですね。中には名前は挙げないけど、いわゆる近世文学の研究者で古文書をひも解くのはお得意なんだけど、生きてる落語を知らない人もいるんですよ、正直。

【三浦】本の世界だけで。

【和田】だけの人もいるんです。いることはいるんですね。それもまあ値打ちはなしとは言いませんけれども僕はやっぱり客席の経験がある人が好きですね、私は。

【三浦】そうですね。やっぱり落語は高座で生きた話を見て聞いて、それが自分の中に入ってきて、また別のときにそれがよみがえってくるっていう体験が非常に楽しいですよね。

【和田】ってなことでちょっと紹介しきれなかったですけどね。

【三浦】でもちょっと中込さん、これは読んでみようと思います。

 テキスト起こし@ブラインドライターズ
 (http://blindwriters.co.jp/)

――――担当:前田 愛――――

ご依頼ありがとうございました。
私も中込重明さんの『落語の種あかし』を読んでみたいなと思いました。点字か音声図書にないか探して観たいと思います。またのご依頼よろしくお願いいたします。



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