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考え事#31 自己の再発見

ここ数日、自分についてをメインテーマに据えて書いてきたが、今回がとりあえず最後になる。自己の自我への浸食、非暴力内部テロについては、どちらかと言えば自我と自己が絡みついていた昨年までの状態の言語化だったので、今回は崩壊した後に自己を再発見することに至った流れを残しておきたい。こちらの記事からの派生の文章となるのでリンクを貼っておく。


自我崩壊によって起こったこと

自我と自己の境目が分からない状態だった自分にとって、転職はまさに自分の崩壊となった。3月まで大切にしてきた仕事の文脈が完全に断たれ、何を拠り所に日々の思考を形成すれば良いのか、結構悩むことになった。

たった10日でこの有様だ。
それなりに熟練した作業、先の見通せる業務内容を当たり前にこなす日々から、全くそうでない状況になった。とにかく自分と周辺環境との接合点が見えなくなる。だから、必死に接合点を探そうとする日々である。もし、この一年間本業しかしていなかったとすれば、恐らく現在の心境に辿り着いていないだろうと思う。

本業とは別に、ここまでの経験をまとめる機会が間違いなく必要だった。
そんな時、たまたま知り合いから紹介された「TPチャート」というものに自分自身で取り組む時間があった。TPチャートは教員のためのポートフォリオ作成ツールだ。以下のサイトに作成方法等は非常に詳細に記載されている。

チャートに合わせて、10年間の経験をまとめたり、言語化していく時間をじっくり取りながら、自分の自我を1つ1つ事実として書き連ねていった。

参考までに、僕の授業に関するTPチャートの図を掲載してみたい。(ちょっと恥ずかしいけど)

2023年7月作成 授業に関するTPチャート

右上の感想にも記述したけれど、こうして書き出してみると、案外自分がきちんと考えて足跡を残してきたことがわかる。そして、教員としての10年間だけでなく、これまでの自分の人生はいったい何だったのか・・・?
という問いが自然発生することになった。

自分を深く掘る内省期

TPチャートを皮切りに、自分の人生年表を作り始めた。
自分は一体いままで何をやってきたのか。事実をmiroで時系列にまとめていった。あまり抽象度は上げずに、具体的に全容をまとめていく。

幼少期に好きだった絵本や遊び
小学生の頃の習い事、出来事
中高生で取り組んだ部活動 などなど

今の自分の内面を直接掘るのは難しいけれど、実際に辿ってきた道筋を振り返るのは僕にとっては割と楽しい作業だった。
この辺りは、田原真人さん主宰の「田原真人研究室」にてかなり色々な刺激を受けた。ちょっと怪しい感じだけど、面白い場所なので気になる方はご覧ください。


発掘物の抽象化

こうして自分の過去の行動や興味関心が向いてきた領域、その時々の時期に自分が大事にしてきた行動原理は何なのか、というのを具体の基礎コンテンツとして、抽象度を上げることをしてみた。

まさに、この記事を書いていた頃だ。中にも記述しているが、具体的な過去の掘り起こしにも、抽象度を上げる時のお供にも、Chat-GPTは大いに役に立った。

抽象度の上げ方はものすごく簡単だ。
その領域に行動や興味関心が向いていたのはなぜなのか?
その行動原理を大事にしてきたのはなぜなのか?

自分の通ってきた道筋に、ただひたすらなぜなぜなぜなぜと、それこそ子供のように繰り返し問いかけていけばいい。抽象度を上げれば上げるほど、自分の核になっている部分が見えてくる。

抽象度の上昇と自己の再発見

抽象化して抽出できる自分の核は、1つとは限らない。
ただ、抽象度を上げれば上げるほど、グルーピングによって一段上の抽象化概念はn数が減っていく。だから、自分の本質を多面的に見つめたければ、自分についての具体の記録は多いに越したことはない。

僕はたまたま、自分の振返りのようなものを我流で、子供の頃から良くしてきた人間なのだと思う。具体で思い出せる事象がそれなりに多い。
そこには、実家に帰るたびに昔の自分のエピソードを話してくれる母や父の影響も大きいのだと思う。大学で東京を離れて地方に出ていたのも良かったのかもしれない。生活の場というのは、空間自体が記憶装置として機能する。多感な時期を過ごした場が、僕の場合は中学・高校・大学で異なる。その場に行けばその当時の記憶が鮮明に思い出されるのは予想外の恩恵だ。

いずれにしても、自分の足跡の背景にあるものが、少なくとも今までの自分が大切に抱きしめてきた価値観や核となるものだ。これが見えると、自己とは何なのかが分かってくる。この先きっと僕は、自我を形成することはあっても、簡単には自己を見失うことはないだろう。

ちなみに、公立高校を去ったこと、周囲の人がどう見ているのかいまいちわからないけれど僕は一切後悔はしていない。居続けたら見ることのなかった景色が眼前に広がっているから。
(もちろん、経済的にはちょっと苦しいけどね。)

ちなみに、現在はとあるプロジェクトに参加している。より詳細に自分の過去を掘り返す試みを通して、更に過去の自分を掘り下げてみている。このプロジェクトのことも、どこかのタイミングで発信していくことになるだろう。

正月から4記事に渡って、昨年の特に表に伝えにくい活動の痕跡について言語化してきた。お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
長くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願い致します。

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