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「星とロング缶」

ほどよく暖かい夜のこと、1人の男が土手に座って顔を上げる。
 あそこで輝いている星たちの光は、何光年という時間をかけて届いている。ひょっとしたら、今見ている光は、もう消えてしまっているのかもしれない。そう考えると、切ないよねと、語る相手はいない。
 傍らに、コンビニの袋にくるまったチューハイのロング缶が三本あるだけだった。1本目を開けて、流し込む。
 レモン味の冷たい液体が、喉を通り、胸に染みわたっていく。一気に半分くらいまで飲んだところで、ようやく手を下ろした、
 警官にでも見つかったら、職務質問されてしまうかもしれないと思いながら、勢いよく残りを飲み干していく。
「なんかもう、全部どうでもいいや」
 独り言を呟き、二本目のプルタブに指をかけたところで、誰かに呼ばれているような気がした。何度も、こっちだ、と呼びかけられ、辺りを見回してみても、誰もいなかった。気のせいかと思って一口飲むと、やっぱり声が聞こえてくる。
「ここだ、ここ」
男は半信半疑で見上げながら尋ねる。
「星、なのか?」
「ようやくこっちを見たな」
こっちと言われても、無数にある星たちの中で、どれが声をかけてきた星なのか、見分けがつかなった。そこまで酔いが進んだかと男が戸惑っていると、星が尋ねてきた。
「お前は、何がどうでも良いと言うのだ?」
 問いかけに、男は酔っていてもいなくても構わないと、愚痴をこぼす。
「まぁ、これは俺が悪いんだがな。どうにも世間ってやつに合わないのさ。ひとつのことに熱中しすぎて、そこまで深く考えなくても良い所まで考えたりして、次に動くのが、一歩出遅れるってことがなんかいもあってな。自分でもわかってはいるんだが、どうにも直らなくてっな」
「それは、世間が悪いのか、お前が悪いのか?」
「さて、知らんよ。両方って所だろ?」
 2本目の半分くらいまで飲んだところで、星が言った。
「俺は、いままで色々な人間を見てきた。助けになるかは、わからんが、聞いてみるか?」
「それでもいい、聞かせてくれ」
「まず、男が一人いた、女と仲良さそうに歩いていたが、数日後に別の女と歩いていた。更にその数日後には、男が女二人に追い掛け回されていた」
 男は笑いながら、三本目のチューハイに手をつける。
「ここを通りかかった男が、道で倒れていたこともあった。通行人の女に助けられ、ついこの間は、子供と一緒に歩いているのを見た」
「あぁ。そういう人生も、あるかもしれないな」
 チューハイを飲みながら、男は自分の人生では味わえない幸せを羨む気持ちが、とうになくなっていることに気がついた。
「若い男が、夢を胸に意気揚々と出かけていくのを見たこともある。だが、その男は数年後にしょぼくれた足取りで帰ってきた」
「そうそう、夢を掴めるのは、一握りってね」
「その若い男は、更に数か月後、大地を踏みしめるように出かけて行った」
 頭が、少しふらついてきたかなと思いながら、若い男に、尊敬の念を覚える。
「そんな風に、俺もなりたかったな」
 夢破れ、それでも近くにいたいと今の仕事を選んだ。自分で選んだはずなのに、どこか踏ん切りがついていなかった。つまりは、そういうことかもしれない。
 星が、言った。
「人にも色々、星にも色々ある。全てが解決できるとは言えないが、誰にでも、色々あるということだ」
 最後の缶を飲みきり、男が言った。
「そうだよな。単純に、そういう話だよな。なんか、少しだけスッキリした気がするよ、ありがとう」
「何かの手助けになったのなら、幸いだ。ついでと言ってはなんだが、俺の悩みも聞いてくれないか?」
「星にも悩みがあるのか。良いよ、聞くよ」
「俺は、あと二日で寿命を迎えるんだが、どういう心持で迎えればよいだろうか」
 男は、言葉を失った。

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