3題話3
いらないものは投げ捨てる。
男にとっては命がそうだった。
だというのに、なぜか目の前にキツネがいて、どういうわけだが、話が通じるようだった。
「お前は、熊倉修司で、間違いないか?」
声色に、メスなのだろうかと、疑問が浮かぶも、答えた。
「あぁ、俺は、熊倉だ。あんたは?」
「キツネとでも、何とでも、好きに呼ぶがいい。時に熊倉、お前はどうして命を投げ捨てた?若い身空に、何があったのだ?」
「あん? お前には関係ないだろうが。まぁ、いいか。そうだな、どう言ったものか」
「うるさいんだよ! お前に何の関係がある。ただ出来の悪い人形みたいな日々を送って、妥協しかしないような人生送って、自分よりも仕事ばかり優先して。段々と周囲の笑い声が耳障りになって、人生こんなもんさと、開き直ることすらできない。生きていてなんになる」
「なら、キツネにでもなるがいい」
キツネの両目が怪しく光、熊倉が恐怖に目を閉じた。
次に目を覚ますと、なぜかキツネに生まれ変わっていた。
なぜか知らないが、自殺なんぞできるわけもなく、とにかくキツネとして生きていくしかないと、熊倉は悟った。
生活してみれば、野生で生きていくのは想像以上に辛い。空腹になると、コンビニで買い食いできるわけでもなく、都合よく水で紛らわせるなんて、ありえないことだった。
それでも群れで生活するでなく、精々が家族単位であることは、気楽だった。人間としての意識がありつつ、キツネとしての俊敏性もあり、そんな目線でのゲームでもしているような気分になっていた。
耳がかなり良いので、小さな音でも逃すことはなく、雪の下にいるネズミの、歩く音だろうが聞き取れた。静かに近づき、一気に飛び跳ねて宙から急襲することなんて、お手の物だった。
そんな熊倉も、メスキツネとの出会いがあり、子供が生まれた。
家族というものができて、熊倉は、この子たちを一生懸命に育てようと考えた。
それだというのに、あろうことは、メスキツネは半年と少し過ぎたくらいで、子狐を巣立ちさせてしまった。
いくらなんでも早すぎると、熊倉が猛講義すると、メスキツネが言った。
「お前は、何様のつもりだ?」
その声は、あの時のキツネのものだった。
またいつの間にやら、熊倉は人間に戻されていて、キツネの前に寝転がっていた。
「それぞれに、それぞれの道理がある。人間であれ、キツネであれ、同じことだ」
「お前は、俺に何か伝えたいことでもあるのか?」
「特にはない」
「無い?」
「気まぐれだ」
「気まぐれ!」
勢いよく起き上がったつもりが、実際には体がビクッとしただけだった。巡回に来ていた看護師が偶然見つけ、声をかけてきた。
三日間、入院していたという熊倉は、自殺をし損ねたということだった。偶然にも、午前10時という時間帯だったこと、普段はさびれている神社で、手毬体験なるものが開かれていたこと。何種類もの偶然が重なり、軽傷で済んだことも、大きな要因だった。
「神社、ですか?」
「えぇ、あのビルの間に、すっぽりと隠れるように稲荷神社があって、偶然、そこの木に引っ掛かって、枝とかが衝撃を吸収してくれたんじゃないかって先生は言っています。今は、休んでくださいね」
笑みを浮かべ、看護師が去っていくと、熊倉は自分の頬をつねってみた。
たしかな、痛みがあるだけだった。
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