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まよなかの無駄遣い

「どの地獄に落ちたいとか、ある?」

彼女はぴたっと足を止め、そのまま2本目の紫メビウスに手をつけるのをやめ、箱に戻す。無造作にジャケットのポケットへしまう。一瞬だけ斜め上に目をそらすと、結局紙巻きを取り出して吸った。くわえタバコでとことこ歩き出す。
強すぎる日差しのせいか、紙巻きはすぐに短くなった。

「……樹になるのは、いや。こんがり焼けたくもないし……だけど、ずーっと、奈落に落ち続けるのも論外……うーん、こまったな——」

◇1:みちのうえ◇

私は3本目のいろはすボトルをクシャクシャに丸めて道路に投げ捨て、眼鏡の代わりに、度入りサングラスをかけた。これでいくぶんか、マシになる。ただ、肌を針で撫でられてるように、ヒリヒリしてきているのはどうしようもなかった。
日焼けクリームをもっと念入りに塗るべきだったのだろうか。
いやいや、旅の終着点は、沖縄を経由して地獄だ。
肌をこんがり小麦色にしても、あるいは皮膚ガンのリスクを負ったとしても、地獄に体はもってけない。結局無意味だ。面倒だしやめよう。

彼女からメビウスを一本貰う。

「でも、痛いのは得意なんでしょ?」
「嫌い。苦しいから」
「アーハ……そうなのね……じゃあさ、予習してく? 時間は腐らせるほどあるし。なあに、たった400kmくらい、引き返したら着くと思うけど」
「それは……別府まで? しかも温泉? こんな暑いのに?」
「ご名答。だいたい10日もあれば」
「はぁ——」
彼女はあからさまに、肩を下げた。やれやれ、とでも言いたげだった。そのまま、背負ってる小っちゃいanelloのリュックを地べたにストンと置いて、季節外れの分厚いスタジャンを脱ぐ。
文字通りの汗みずく、ヴィレヴァンで買ってたTシャツが、細い身体にくっついてる。タンクトップが透けてる。

「——んっ。これ。服。持って。……400km歩いて、お湯、浴びるより、ネカフェのシャワーの方が、ずっとか、いい」
青い布の塊を、手でぐい、と、押し付けられた。
はいはい、と受け取る。重たい。
胸の方に寄せても、汗の匂いはしなかった。代わりにしたのは石鹸の香り。
「……くさくない?」
「うん。少しね。カブトムシのにおいがする」
「ほんとう?」
「どうかな。隣でおしゃべりしてるときと、同じ匂いじゃない?」
「ああ、そう。……あ——」

彼女は一旦、バツが悪そうにしてから、私の方に視線を流す。カミソリみたいにキレている目元。ちょっとだけ、ぎょっとする。
ただ、普段みたいにイラついてる感じはしない。

「——やっぱ、いいや、別に。私の方、見ててもいいよ」
それならば、と、私は観察する。特に変なことを始める訳じゃなかった。そりゃそうだ。突然Tシャツを脱ぎ出すとか、ツボミを触り出すとかなら私が困る。汗でびっしょりの細くて白い腕を、彼女はタオルで拭うだけだ。

なんか彼女は困惑していた。おいおいおい。脱いだのは君だ。
でも、私は特に気にしてないよ、と手振りで伝える。首をかしげていたから、その意味も伝えた。

「……ああ、はは、ごめん」
このくらいの意味だ。

「いいよ。まあ、私は弱いし、こんな顔する癖が付いてる」

ぶわあああ、なんてわざとらしい音をたてて、右側をトラックが通り過ぎた。

気まずすぎる。

やめてほしい。

「……弱い? どうして?」
「いま、あなたの目の前には何が映ってる訳?」
「……いつも思うんだけど、そんなに気にすること?——」

私は右手に巻いたエメラルド入りのブレスレットを外し、ちゃらちゃらと手首を振る。少しだけど、私も似たような”怪我”をしている。

もっとも、彼女の方が酷くて、あまりにもグロテスクなピンク色が滲み、手首から二の腕まで、ビッシリ付いてる赤く掠れた等間隔の線が、両腕に、まばらについている。

まるで彼女は洗いすぎたガラスだった。
知らない間に傷まみれ、いつ割れるかもわからない。
そんな肌をしてた。

だからか、彼女は一生懸命、膿を出すみたいにこすってる。

「——誰だってやな痕は残ってるよ? それが言われてダメな言葉だったり、ほくろだったりってのと同じじゃない? 私は気にしてないもん」
「……せめて外では、まっとうに居たいだけ。怪獣にも心はあるでしょ?」
「いい? きみはモンスターじゃないんだよ」
「化け物の気持ちがあなたに分かるの? どうせ私は人間の成り損ないだ。何かで輪郭描き続けなきゃ、ここに居るって言えやしない」

いつもに増して、分かるような分からないような、やっぱり気取って意味が分からない事を言う。……これが18歳の口から出る事か。私くらいのアラサーになれば恥ずかしくって言えない言葉だ。
そんなんだから、私の他に友達がいないんだ。
結局のところ、妙にねじくれたテルマ&ルイーズをやるしかなくて、傷も胸の内のごたごたも、相方にしか見せられないし、誰かに相談するなんて芸当もできない。

ただ、それ以上、この話題をすることは無かった。

べつに腕の皮膚とか肉をまとめてカッターナイフ使ってびゃーびゃーに線を書こうが、胸元が何故か抉れていようが、内太腿に入れ墨があろうが、新しい物から古い物まで体中に傷が泳いでいても、その見た目で何かあるわけじゃないだろう。

だけど由来を語っても、罪の役満のタネにしかならないのは、お互いわかってた。小さいことだけど、ね。そう。
1翻。
どうせ、彼女も地獄行き。隠してた方が楽なこともある。

「……ごめんね」
「どうして謝るの……。もう、この手の遊び、ひかえてるから。痕はついてるけど……2か月くらい前、きっぱり」
「ああ、あれから2か月?」
「いや、あなたとは、1か月。もう忘れたの? ……よく、ついてきてくれたね」
「楽しいからねーっ」

くすくす笑う。

彼女はひとしきり汗を拭き終えたようで、シーブリーズをTシャツにまんべんなくかけると、地べたに置いたリュックへ乱暴にアレコレ突っ込んで、ジャケットを私から奪い返し、そこからカバンをひょいと背負って、私のチープカシオを小突いた。

「行こう」
「ええー、船についたら、おわっちゃうよ?」
彼女は肩をすくめた。
「でも、行かなくちゃ」
「君がそう言うなら、だけど」

さっきよりかは小さく、クスリと。
彼女は無視して歩き出す。私は横に並ぶことはあまりしない。ふだん、やや左側、彼女の後ろに、ついている。
歩道のススキがふわふわと風になびくたび、ふらり、ふらりと漂うように、ゆっくりと、西へ、西へと歩む。私はそれより1テンポ遅れてふらふらりと歩く。
本当に、それだけだ。

ボロのシューズでコンクリートの道踏みしめて、丘を越え山を越え、海は……船か電車に乗って越え、一歩も戻らずやってきた。
999は片道切符しか売らない理由が今ならわかる。
地獄行きのカタログを読んだ後じゃ、どうも現世に戻る気、起きないんだろう。るつぼ送りは幸せだ。均質化されてしまうもの。汚い星を見た後じゃ、ネジでもバネにでもなりたいわ。

そういうわけで、旅の終わりは近かった。
このまま数十キロ向こうにあるフェリーへ乗って、一日海で過ごした後、国道を下って終点の凄い崖を目指す。残波岬とか言う名前だったような、そうじゃないような。
あくまで地獄行きへの経由地だから、特に身投げ名所ではない。でも、夕日が最後に落ちるって場所に決めたのは、どことなく個人的にカッコよくて、最後に見る自然の神秘として地球の太陽が沈む瞬間なら嬉しいとかキャッキャしてる。

そんな気持ちで、ちょっとした遍路も振り返る場所にきてた。

「しかしさー、歩いてきて、楽しいことあった? ねえ、かしこい君」
「全然」
「あら、同じく」
「もしかしたら、気が付いてないだけかもしれないけどね。なんでも面白がれる人がうらやましい」
「じゃあ、この旅で出会った人で、最悪だったのは誰?」
「北八さん」
「私じゃん」
「そ。」

完全なる予定調和の質問だった。
彼女から見た私は最低の酔っ払いでカスだし、私から見た彼女は意味不明な家出娘。
きつい日差しと絶対に定位置から離れない月を別にすれば、他の誰も何も、介入がなかった。お互いにお互いを見つめる時間は嫌でも長い。

そのくせ、温かい食堂の人情も、『捕まえたタクシーの運転手がたまたま親戚で、メーターを止めてもらってる最中にやる三文芝居』ですら存在しない。

前進には、理屈も感情も挟まらなかった。

どれだけ虚空な旅かといえば、この1か月くらいはずーっと日中アスファルトの上で過ごしたら、ネカフェか、ヤニ臭いボロ宿で寝るのを繰り返して、「私たちにも平等に明日は来るんだなー」なんて言いつつ何の感動もせず、また知らない道を辿っていく。
日が暮れたら寝る。

こんなことをしてるもんだから、太陽の下を歩いてるって感覚は、肉体で感じる程度(熱いとかキツイとか)しかなくて、私の肉が影になるから、心のほうは、いつまでもダラダラと月の下。

ろくでもない話をして、国道の真ん中で薄気味悪くクスクス笑って、吸い殻入れに捨てようもない人生を、二人して灰に変えている。

こんなこと言ってると、他の旅人にお説教を受けそう。
それならそれでいい。
この道を行くって決めたのは他人じゃない。
どうあろうと、二人の問題に帰結する。行き当たりばったりで、無鉄砲だけど。プルトニウムの風に乗れ。

「で、行きたい地獄ってどこよ」
「どこにも行きたくない。やっぱり。なるようになれーって感じ。たとえ氷漬けでもいいや」
「へえーっ」
「その”へえ”っていうのは、どういう意味?」
「意味を求めちゃいけないよ」
「……へえ」
「ほらね」

彼女は腰に下げてたボトルの水をごくりとのんだ。
たばこのせいで余計喉が渇いているらしく、ぬるくて不味そうな水なのに、スポンジが吸うかの如く、飲んでいる。
そのまま片手でジーンズからボロボロのiPhone4を取り出して、地図を確認した。

「……さておき、北八さん、まだ10キロもあるみたい。急がないと。フェリーはどのくらいの頻度?」
「30分とか1時間に一回とかじゃない?」
「……それで、残りの宿代って、いくら? 間に合わなくって野宿はやだよ」
「うーん、たぶん6300円あるかないか、かなー」
「それで、フェリー代は知ってるの?」

私は入道雲を見た。
もくもく。

「……2万あったら足りるんじゃない」
「ちょうどいいや。私の手持ちと合わせたら、乗れる」
「そうだね」

雲をまた見た。相変わらず、青空の手前に陣取って、膨れっ面で睨んでる。

この向こうに行く? ホントに? いつまでも変わらず、道路の真ん中で駄弁っていた方が、よほどマシなのかもしれないのに。
いやいや、目的地があるから歩いているわけで、移動っていうのは手段であり目的になりえなくて……。

私がどう思うと、この30キロは直ぐに消費されてしまう。
彼女がゆっくり、ゆっくりと、アディダスのスニーカーで、蜃気楼を追いかけるたびに。

「ちょっ……だいぶさ、ペース早ない?」
「夏目漱石、知ってる? えーと、坊ちゃんで……東京を散歩する場面……」
「『こころ』の話?」
「そ、そう」
「珍しいね。君がそんな間違いをするなんて」
「いや……当分、読んでないから。……あなた、なにか考え事してるでしょ」
「……うん、まあ、そうね」
「だったら、早く歩いた方がいいんじゃないかなって、さ。『こころ』の散歩道って、私は東京を歩いた記憶がないから正確な話はできないけど……ものすごーく、長いんだよ」
「うーん?」
「あそこでの『先生』はさ、あの距離をだよ? 昼過ぎから暗くなる前に歩いて帰ってきたわけじゃん。それで、まあ、一大決心を言いに行こうとしていた」
「私の記憶とは違うかもだけど……それで?」
「つまりだよ。何か物事を考えてる時ってのは、素早く歩いた方がシャンと纏まるんじゃないかなーって」

私は呆気にとられた。主語を二回繰り返したりする詭弁の方法と同じじゃないか。君のペース配分が早すぎるだけでしょうに。

ずんずん歩く。
花屋の隣を通れば、タイサンボクの甘い香りに包まれて、床屋の横を過ぎれば、鏡の中の私たち二人に心の奥で中指を立てる。
広い大通りに出たなら、踏めない水溜りを踏みにいく。液体が無いって知ってても。
じゃあ、絶対に無いはずの水を踏んだ時、彼女と私はどうなるんだろう。果てまで行って、もう戻れないってわかったとき、この手持ちの荷物は誰に預ければいいんだろう。何を残すかも問題だ。

今わかる範囲の持ち物は、タオル1枚と2万円とあと少しの小銭、くさい着替え、私と彼女で交換で書いてるピンクのノート(内容は遺書)。

手にした三途の川の渡し賃というのは、(つまり棺に入れても恥ずかしくない財産ってのは)、どう指を折って数えても、それ以上増える気配はなかった。

……着くまでに全部使っちゃわない物体が、よりにもよって遺書だなんて。本当にくだらない。

私たちはこれから数日以内に、岬の崖から荒れる海にとぷんと落ちて、内臓をめちゃくちゃにして、酸素を全部吐き出して、意識を止めて、それから死ぬ。より大きな苦しみの為に最高級の暴力を己に対して振るう。
あとは、肉の塊が地球のどこかに漂うだけだ。その証明を、つらつらと書いてる。それが、遺書。

……誰のためにやるんだろうね、ホント。
悩んでたってオンザロード、地獄行きまでライフイズゴーオン。

さて、ゆずのMVに出てきてもおかしくない坂道を下ったり上ったりしているわけだけど、まだまだ船までは時間がかかりそうだった。

ここまで来ると知らない道でもなんだか見たことあるような気配がしてきて、話題として考えうるのは家のフェンスが何年代のものだろう、とか、トラックを数える、とか。
やり尽くした話くらいしか、話題の手札がない。きっとつまらないだろう。

だからまだまだ、頭の中で心の夜道を歩くことになる。こうして、何も語ることなく、ひたすら歩く。物理の面でも思考の面でも。

べつに、何かに絶望したってわけじゃない。それで後先考えてないって言われても、考えてたならここまで来てねー。何の解決になるとも思えない。

「——neえ。ねえってば!」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「海夏、ダメだよー。いつも自分でいうじゃん。考えながら歩くと気分悪くなるって」
「そうだね」
「どうやら今回ばかりは、海夏さんが正しいみたい……よく平気、で、いられるね……私、頭使いすぎちゃった……しんどい」
「はあ」

ふらふしていたが、なんてことはなかった。
彼女はトイレに行きたいと訴えたかったのだ。

セブンイレブンに寄る。
追加の水だけ礼儀として買ったら、とりあえず外で待つことにした。
灰皿の近くに陣取って、せっかくなのでノートでも読んでやることにした。
喫煙所は人の入れ替わりが激しい。
私の様にずーっとしゃがんで、そのうえタバコを吸ってないやつは、好機の目で見られるのが常だ。
(彼女用に)VAPEの追加リキッドか、(私用に)メビウスでも頂けばよかった。
まあいいや。他人の吐いた副流煙と、ヤニの臭いが好きだから。

でもね、この遺書は、あんたらに見せるつもりは無い。私個人で読みたいんだ。

少しぺらぺらとめくれば……

……うわーっ。出来損ないの吸血鬼小説の方がまだマシだ。

何度見返したかは忘れたけど、いつも必ず目を通すのは、始まりのページにある彼女の殴り書き。

8月12日
すぐに破り捨ててほしい。

わたしはこの文に共感はしない。意味がわからないからだ。
その次の文も抽象的すぎて筆者の気持ちが全く見えない。
その後は具体的すぎて読むに耐えない。どんなホラーよりも残酷だ。
ずーっと、分かるのか、分からないのか、そんなテンション。
8月の中まで、ふわふわとした彼女による語りばかり。
たまには食べたモノや景色の記録。
農道から吹いてくるぬるくて臭い風を浴びた感想とか、そういうのが、悲しみ多めで書かれてる。

そこから、私が混じった瞬間に、こう。

9/13
朝起きたときの安いアルコール特有の頭痛などのごたごたを吹き飛ばすくらいに笑っていた。
結局彼女は、私の好物たる角の小瓶を一口飲んで、直ちに不味いって言ってカフェイン多めのエナジードリンクを豪快に喉に流して何缶も空っぽにした。
私が酒に任せて「思いっ切りハメを外して楽しかったね」、なんて言えなくなるまで暴れまわったことに関する感想は聞けなかった。

スニーカーに突き刺さるアメリカンひっつきムシ(白黒のトゲトゲの乾いた植物)のほうがまだ生産的な旅日記をつけるんじゃなかろうか。でも途端に具体的になる。彼女の話は私についてのことになる。

観察されるのは、気分がいい物じゃないけれど。

ただ、私も気を抜けば、酒の話、道路に落ちてたモノの話、代わり映えしない日本の田舎に関する景色の話しか書いていないのであった。

同じルートで歩いてればそりゃ、書くことが似るわね。

時には詩人を気取って、

信じられるかい? 夜ってのは日本を覆っているんだ

とか、顔から火が出そうで、たまんないことを書いたりする。

でも彼女はちゃんと読んで「そうですね」なんて返してくれるわけで、なにかといえば、日記の相互作用は面白いのだ。
その辺りだけは、ちゃんとペンを取って書いてるわけで、無に輪郭を与えるように、私たちが唯一生み出した価値なんじゃないかな、とも思う。

私が書いたら、あの子も書く。連続性っていう物を考えたくなる。たとえば、こんな風に。

9/18
——それでも、私は思うわけだ。タンブルウィードみたいにふらふらする理由はどこにあるのかな、と。

「あんた!大学にいっとって、敷島新聞で働いとるかは知らんけど、そんなもん役に立つかいな。贅沢させたのはアタイらやぞ。はよう身をかためえや」
「なにさ、そのだらしなさ。アンタ下着もよう干さんのか」
「あかん!帰ってくる場所がなくなるやろうが。出るな! アタイとお父さんと海夏の家やぞ、アタイらが死んだらどうするんや」

少なくとも実家にはなじめなかったことが原因としてあるのかもしれないのか?——
9月19日
——ついしん:
まえ自分の失敗が原因って、言ってなかった?
何かろくでもない記事を書いて、追い出されたとか……あるいは、命を狙われるとか、そんなよくわなんない理由。
でも、何だっていいんでしょう。貴女が一貫しないのはいつものことだよね。

私もついでに実家の話。どうも私は彼らに追われてる気がしてならない。きっと私の顔も知らない人に頼んで探してるから、関係ないところで何かありそう。(笑う)
見つかったら何されるだろ。前みたいに絆とか愛とかの話を聞かされるのかな。←被害妄想?
できることならそうなる前に、さよならを私自身の口から言ってやりたいんだけど。一度でいいから、息の根も止めてやりたいんだけど。
それよりも、早く行かなくちゃ。私が本当に、化け物になってしまう前に。あまりにも汚い靴で地面踏んでる。鉄錆色。——
9/20
疲れてる? 相変わらず物騒で怖いことを書くね
きっと君が家出したことなんて誰も気にしてない。私の他には気にする人はいない。そんなものだろう? うちの家族もそう。
あとそれからいっつも自分のこと怪物だとか例えるけれど、君はそうじゃない。ちゃんと頭で考えて、いろいろ出来るんでしょう。だいたい何やってるか検討つくので、もっと私を頼りなさい

一言:寝不足にはサウナとか効くんじゃない? あるいは……ひたすら宿で寝るとかさ。起きたら言って
↑まだ寝てたから置き書き なにもしらないくせに
とっとと行きたいんだけど 朝ごはん買ってくる

他愛がなさすぎる? 
でもね、ずっと、この調子で、私も彼女も足をパンパンに張らして歩いてきたし、記録をつけてきた。
恥ずかしい言葉を、たくさん並べて。読めば読むほど、共感性羞恥が起きる。
……この遺書を岬に置くわけか。拾った人間の顔が見たい、せめて死ぬ前に。

何を思うんだろう。そいつは本当にノートを破り捨てるんだろうか。

出来れば私は、ちゃんと読んでくれる方がいいな。
ここに至りてここで眠る。そんな旅人に憧れてる。

昨日の分までは読み終えて、とうとうやることがなくなった。
まだ戻らない。

だらだらと水を飲んだり、スマホでニュースを読んでて時間を潰す。

『山口県 宇部で暴力団員12人惨殺される 抗争激化か? 関西地区で同様の犯行相次ぐ』
——XX系鵬凍会(ほうとうかい)の所有する建物に深夜0時~3時の間に何者かが押し入ったと見て捜査 金品が窃盗された形跡はなく……

『大阪 尼崎市で少女連続誘拐 組織的犯行と見て捜査』
——被害に遭った少女らの共通点としては深夜徘徊していたこと、大人しいと言われていたことが明らかになっており……

『金足農高校監督に聞いた 長所を伸ばす教育法』
——(この記事は有料版で! 敷島新聞オンラインなら月額560円ですべての記事読み放題!)

『オー・コミニケーション社長 墜落死 未だ全貌明らかにならず』
——中国に本社を持つITベンチャーのオー・コミニケーション社長の王 骏氏が社屋ビル7階より墜落し、国内外に衝撃を与えた事件だが……

物騒な世の中になってきました。
無責任に私は『ひどいな』としか言わないんだけど、こんなに暴力が先立つ世界に、少しの失望と可笑しさを感じてる。
この程度なのか、って。もっと強靭かと思ってたけど、些細な事象の連続。ドミノ倒しのようであり、火遊びのようであり。
有難いことに、私は世界が核の炎に包まれる前にサヨナラするわけだけど。

西日が強くなる。そろそろスマホのバックライトが効かなくなる。
人の行き来は絶える無し、高校生だって帰宅を始める。
「熱ぅ」呟けど聞く人間はあらず。

なんやかんやで、30分も待たされた。

待たせた当の本人は、悪びれることなくけらけら笑っていた。
理由は一目瞭然だった。右腕にタオルを巻いてたし、左手には薬の空き瓶を持ってた。60錠入りの痛み止めだか咳止めだかを収めてたやつだ。

「キメたわけ?」
「スピードボール、ってやつ。腕の方はアッパー系、白くて丸いのはダウナー系。気休めだけど」

引き続き、病んだけらけら笑いをしてた。かなり自嘲的だった。こんな彼女を見るのは久方ぶりだ。

「あんた、身体をもうちょっと大事にしたらどう?」
「ええー。でもさー、私にはどっちか選ぶ権利がある訳でしょ? やるか、やらないかって。基本的に両方を経験してから『二度とやらない』って思うべきだよ」
「で? 感想は? 落ち着いた? スッキリした?」
「吐いちゃった」
「なら、スッキリした訳だ」
「聞く? そんなこと。ま、そうなんだけど……」

タオルを外してあげる。案の定、鮮血が噴き出した。彼女は痛みで思わず目をピクリと細める。傷口はばくばくしている。また新しいデコボコだった。
「やめたんじゃなかったの?」
「なんか、やりたくなっちゃった。嫌なのに。でも、まだ生きてるのは、ウソじゃないってわかるんだ」
「まあ静脈切った程度で死ねないわ。便器に手首を付けたら逝けるかもしれないけどね」
「つまりコンビニで死んでほしかった訳?」

地面に落ちてじゅうじゅうに焼けていく血。七輪に味噌でも垂らしたみたいに焦げていく血。鉄クサいし、肉臭い。誰でも同じような臭い。
かたつむりを観察するように、アスファルトに描かれる模様を二人して眺める。

「……もしここで死ぬとか、まあ、その気なら、ありったけ強盗を働いてからやるっちゅーの」
「名案。北八さん、やる? 私は構わない。……脅し文句はいくつか、覚えたんだ」
「家出に心中。そこに強盗? これ以上罪を重ねるつもりかな? かわいい君」
「黒に何塗っても黒でしょ」
「あんたはまだ藍色が混じってるの。その面白い髪の毛の色みたいに」
「また髪の色の話? 私、地毛のつもりなんだけど……ほんと不思議だよね——」くるくると触ってみる。脂っぽい。「——遺伝かなコレ」
「染めてないんならそうでしょ」
「血と同じなのかなー。色素ってやつ」
「たぶんそーじゃない?」

つるつると滴り、彼女の肌を滑る血液。分かれて混ざって、まだら模様を描いてる。地面に落ちる。止まる気配がない。握りこぶしくらいの血だまりになってる。
店の方を振り返れば『うわー、メンがヘラった女二人が、想像の域を超えない程度に病んでるわ』なんて視線を集めてる。
店員さんも同感のようで、私たちの出方次第だと防犯ボールを投げるつもりだった。

「それよりもだよ。歩けるの? とっとと行くよ」
「もちろん」
ウェットティッシュで拭いた後、包帯を腕に巻いてあげて、店の方へと(気持ちだけ)ウインクをキメる。私は関係ありません、このちっこいドン・キホーテ娘に付き従う可愛い可愛いサンチョなんですから。

当の本人は、おせっかいだよ、なんて頬を膨らましてる。

ああごめん、ドンキホーテって言ったの嘘。そんな目で見るな。

「あいつら、顔覚えられたけど……どーでもいいの? 逝きにくくない?」
「うん。困った」
「どうするのさ」
「無視する」

スクッと立って、再び港を目指して歩き出す。ひたすらに時間と酸素の無駄遣いだ。これが夕方じゃなかったら、えらいことになっていた。
しかし、そろそろタクシーを借りようか? ポンコツ二人の足腰じゃ、やっぱ完走は無理がある。とはいえ金もないから、閻魔に2翻も付けられるのは確定だけど……。

気を紛らわして、まだまだいく。
「ところでさあ、君ぃ。もうジャケットは着ないの?」
「……傷が乾くまでは、恥ずかしいけどこれでいる」
包帯でグルグル巻きの右腕を、新しいオモチャでも楽しむみたいに、触ったり、裏表眺めたりしていた。
「そーなの?」
「うん。痛みも、引いてきたし。モンスターたくさん飲んだみたいにスッキリしてる。元気、元気」
「うっわー、数時間したら、まーた、えらいことになるよ?」
「いいのー」

アスファルトに落ちる汗はじゅわりと滲んで消えてなくなるから、今の気温はだいたい38度。
はるか遠くの錦江湾をちらりと見れば、父が好きでよく聞かされた長渕の歌みたいに橙色の海に染まってきてるから、今の時間は夕方の6時くらい。
「燃えて上がるは……」だなんて、歌ってみたりする。気休め。

「まだ着かない?」
「そうだね」
「まあ歩くか」
「だね」
「そういえば、ストロング缶や発泡酒やワインやハイボール飲むのを辞めたんだ。最後の最後まで、酔っ払いでいたくないから」
「それなら、私もタバコを吸うのやめる」
「いいね。二人して素面でホントの自分を見つめ直しながら落ちようか」
「もちろん。叫びながら転落しないでよ。喉を潰すのはごめんだし」

とは言いつつも、やっぱりメビウスを吸う。相変わらずせっつくような吸い方だ。へたくそだった。

「いつ辞める訳?」
「これよりもミントが強い、ケムリ吸う物見つけたら」
「まあ頑張って。私は酒を飲みませんけど」
「……うそつきー。ゲロ臭いよ」
「あんたは血腥いわー。もっと自分を大事にしなよー」

けらけら笑う。

相変わらずアスファルトは鉄板みたいに焼けているし、未だに港に着かないうえ、彼女はドブに白い粒粒と胃酸を20分おきに吐き出してる。

入道雲はまだまだ膨らんでる。

私はこっそり、ポケット角瓶を取り出し、くい、と持ち上げて、ぐびりとのんだ。

++++++++++

◇2:おわらないよる◇

+++++++++

それから、私は空っぽのショットグラスをテーブルにコン、と置いた。

「で、質問は?」
「……あのさ、海夏くん、お前生きてんのよな?」

窓を見る。
外では人通りがないのにストリートミュージシャンがカントリーを弾いていて、近鉄電車は空の車両を津駅へ返す。

なんと寂れた駅前の宵。

それでも、向かいの店は明るかった。
クソ田舎では憎たらしいほどのオシャレを気取ったクラフトバーガー・フラテリーズ2nd。場末のバーだか何だか分からない店(店名は御前様)とは雲泥の差だ。

むろん、私が居るのは泥の方。
でなきゃこうして、顔繫ぎ(フィクサー)の仕事をしてなかった。
そして、肩に星形の穴を開けて、痛みになんとか耐えても無かった。


「死ななかったから、だね」
「それを聞けて嬉しい」
「嘘を言わないで。冷や汗ダラダラじゃん」
「どういう意味だよ。アクシデントがあったそうじゃないか。俺は、その心配してる」
「私の人生は不運続きだよ。今日の事も、これまでもね」

しかし、"お前生きてるの”、か。半年前から今日の今日までわたしは結局死に損なってる。運がない。

「ふうん……そうだ、もう一個質問があった。電話で話した、交換条件はどうするんだ」

ちょっとしたモンタージュ写真を彼は取り出す。
忘れようもないやつの似顔絵だった。

「あらあら。私の知り合いね。それで?」
「結論を急ぐな、な? 重要な話なんだけども……」
「ほくろの位置がちがう」
「はあ」
「左目上じゃなくて右目下よォ。わかる?」
「……どーでもいい。たかがモンタージュだ」

彼は私に脚注を読むよう、促した。

※『三重県警が捜査中 4人を殺害後、死体遺棄』

やっぱり私の知ってる人間だった。というか、半年ほど前まで隣で歩いてた彼女だ。
思ったより、余罪が多かった。全部殺人だった。
とりあえず酒で流し込むしかない。

「交換条件ってのは、これを見た感想を言えばいいの?」
「こいつの名前を答えてくれ」
「やだね。友情は大事にしてるから」
「だけど死人の名前くらいは出せるだろ」

私は首を振った。

そろそろ、私は8翻くらい溜まったのだろうか。今アガれば満貫くらいか? それとも飛んで倍満か? 

「ま、予想しなかったわけじゃないけどさ。この話をするなんて、ね。名前ってのはさ、その現象を定義づけるってわけでしょ? 人間の知覚には限界があるわけで、君は多分、『東から来たふたりの話』として、もっかい語ろうとしても無理だと思うよ」

彼の目元はゴキブリでも見るようだった。『お前は何を言ってるんだ』ってことを雄弁に語ってる。

「……いいかなァ。結局のところ、ゼロに何掛けてもゼロ。意味ないことに力を費やしたくないね。そういうわけで、私、教えたくない」
「もっとわかりやすく話せ」

私はもう一杯ワイルドターキーのショットとマルガリータを注文する。

「まず大前提のお話をしようか?」

「やってみろ」

「彼女は君たちの仇だ」

「そのとおり」

「だけど、今の話はね、それとはまったく関係なくて……きみの所……えーと、弩棲桐組だったっけ? 征龍だったっけ? まあ、この間、きみらの仕事を出来る人間を私は見つけてきたってところから始まる訳。偽札絡みとは大胆だよねー。ふふ……一人頭10万で雇えたのは、タタキ屋のカンイチに、錠前のカナコ、あとは逃がし屋のクロードくん。いいかな?」

「ああ。噂通りの喧し屋っぷりだな。それはともかく、贔屓にしてくれてうれしいよ。安上りだった」

「まあ、見事なヤマだったよ。花火大会……分かりやすく言うと、お外を燃やしてる間、タタキと錠前持ちが見事な手腕で原版を盗んでさ。警備や仕事してた向こうの奴らも、大怪我で済んでよかった。死んだら大変だからね」
「マジで見事だったな」
「ただ問題はね、彼らがセーフハウスに入ったときに起きたんだ」
「教えてくれ」
「……すぐわかるでしょ」

私はサイレンサー付きのグロックを取り出して、目の前のクソ袋の足を軽く撃った。田舎でよかった。銃声は、花火の音にしか聞こえない。
彼は痛みでうめき声をあげる。

「セーフハウスに帰った二人は無惨な死体になってたぞ」
「何しやがる! 八つ当たりしやがって! そうだ、凄武のやつらだ! 連中まだ根に持って……」
「毎回証拠は消してるよ。私らにたどり着くなら大したもんさ」
「それなら蝶會の残党だろ、前のゴタゴタがあったし……」
「彼らはいない。もう死んだ。……そして、ご覧の通り、私も撃たれた。つまり、顔を知ってる人が関係してんでしょ?」 
「……いまなら誤射で間に合うぞ」
「人を堂々と殺そうとして、よくもまあ、交換条件だなんて言えるね……裏切り者」
よくあることじゃねえか! お前もそーやって飯食って来ただろ!

もう一発、もう一発。

「いいかな、痛みに負けて意識失う前に私の言葉、良ーく考えて。なんて言ったっけ? ああそうだ、『人間の頭には限界がある』ってことだったね。こうして君の目の前に私がいる時点で、オツムの程は知れてんだ」

彼はひとしきりえらく悲鳴を上げ(私なりの持論だが、肺が潰れるほどの叫び声を上げる時はマジで骨が砕けてる証拠だ)、私のワイルドターキーを飲み、私をキッと睨む。怖くはなかった。

「……そうそう、気になってるだろうから教えてあげると、私を待ち伏せしてた連中は、全部仲間が殺したよ——」

残ったマルガリータ、さっきよりも早く飲み干した。

「——よくある夜、よくある結末……君に助けは来ない。残念だけど、これまでの取引はホント、感謝するよ」

頭を吹っ飛ばしてやった。

私は店のママに目線で謝罪の意を伝える。彼女は言った。
「……行きなよ。友達が外で待ってる。何の話かは突っ込まないでやるよ」

◇◇◇ 

待ち合わせ場所の路地裏に玉崎はおらず、代わりに転がっていたのは、ボコボコに殴られて目や鼻から血と脳を流してる、ホームレスの死体だった。
「ひでえだろ」
玉崎だった。彼はベキベキに凹んだ鉄バットを担いでた彼は私を確認すると、目出し帽を脱いで、もはやこの県名物のドラム缶焚き火に投げ入れて、証拠になりそうなものをあらかた燃やした。
こんな有様で、今でも記者を続けてるのが嘘みたいだ。

「ずいぶん楽しんでたようだね」
「やめられねえんだ」
「警察挑発して楽しいの? それとも何? 真実追求の一環?」
「どちらでもないさ。趣味だよ」

急に頭がフワフワしてくる。飲みすぎだ。音も遠くなって、破滅的な吐き気がやってきて、気がついたらどぼどぼと溢れるように腹の中を戻した。9割が液体だ。昼間から飲みっぱなし。

「汚ったね。……それで、お前はちゃんとお話をまとめたのか?」
「彼は死んだよ」
「そうか。死体の山が積み上がるばかりだな」
「こっちの仕事を始めてから、どうもこういう案件が多くてさ」
「こんなところに根を張るのが間違いだ。お前みたいに腹芸が大好きな奴は、根本的な空気が合わねーんだ。この界隈でウケる映画何か知ってるか? そんなものはねえんだよ」
「あら意外。私の大好きなご機嫌サスペンス映画すらダメなの?」
「まあその辺は結構、お爺ちゃんとか見に行くかもしれないけどな。ただ、そもそもこの辺にゃ映画館がねえ」
「天気、映画、小説を引き合いに出しても通じないのはそういうことね?」
「多分そうだ。とはいえ俺もその辺引用されてもわからねーけども」
「じゃあ、私は彼と、どう話をつければよかったのかな?」

私は彼にグロックを返した。警察にまだパイプを持ってる彼は、時たま私にこの手の道具を使わせてくれるのだ。脅しのスキャンダルすら握ってるから、しばらくは捕まることもない。いい友人だ。

「話してたのは、山本だったな」
「彼そういう名前なの?」
「忘れたならどうでもいいさ。あの手の文化人気取りの間で話題になるのは二週遅れの皇室ニュース、そうでなきゃ隣人か同僚の気にすることでもねー言動だ」
「否定しない。仕事辞めてからバイトしてる頃、話題の中心はほとんどそれだったしね」
「だからよ、手の内の探り合いじゃなく、あっちにドーモ、こっちにドーモで円満解決、あるいはズバズバ快刀乱麻断ち気取りじゃないと、話にならんさ。お前そのうち破滅するぜ」

クズ肉寸前のホームレスは、あたりまえだが二度と動くことはない。骨がねじ曲がってて、その有り様は腐った茹でタコだ。こんなのになる為に私はここに立ってるわけじゃない。はず。

「……私の仕事の失敗は、もっと別のところに理由がある気がするんだよね。ほら、これ」
件のモンタージュを彼に見せた。
「誰だ? まー九割想像はつくけどさ」
「あの子だよ」

そうだ。
あの子を置いて——ひょっとすると、どこかで生きてるかもしれないし、モンタージュが出回ってるならそういう事だろうが——私はいけしゃあしゃあと、こうして暴力の世界に身を置いてる。
だけど、さっきまで強烈な殺気を全身に浴びてたのに、解放された今でも、生きてる実感がわかない。
慣れたのか、私が壊れたのか。おそらく前者だ。こんな権謀術数を繰り返すのは、毎日の事だから。
まだまだ夜遊びは終わることがない。

「ハシゴするぞ」
「オーケイ」

玉崎は私にゲロ袋を渡した。

◇◇◇

銃創に対して荒々しい応急処置をやった後(実のところ酒のお陰で痛みはなかったので忘れてた)、血で汚れた服をゴミ箱に捨て、まだやってた居酒屋に、下着同然の格好で行く。

結局飲むのは、ワイルドターキー。喉を焼け。

「——しかし、俺らも楽だよな。半年前までは政治家の失言追っかけてたのが嘘みたいだ。ここ最近はニュースのネタに困らねえ、コッソリ小遣い稼いでてもバレやしねえ……」
「そのうち民間の銃所持だって認められるのかなあ」
「かもな。お前も記者に戻ったらいいのに」
「もう無理だよ。散々タブーに突っ込んじゃった」
「いいや、いくらでもやりようはあるだろ」

私は枝豆を待つ間、カバーが紫外線でバキバキになってしまったスマホを弄る。話題が欲しかったのだ。

『敷島新聞Web限定コラム連載:怒りの年をわれわれはどう生きるか、デイリーコースト日本ポストの視点から(3)』——S.ピートウォール (河幕 時恩 訳)
数か月前の大量死事件に端を発した西日本から中日本にかけての犯罪率120%上昇と、地方部における治安の劣悪化さらには荒廃は、もはや日本政府も無視できないものとなっている。2日前の国会答弁で警察予算を増強する場当たり的な解決策は我々の政治部デスクで失笑を買ったばかりだ。

聡明な読者はご存じの通り、引き金となったのは西日本における「仁義なき戦い」の再来とも取れる血で血を争う一連の殺人事件であり、前コラム(2)では何が日本裏社会における一斉蜂起を促したのかを解き明かし、その影響を市民までにも及ぼしていることへの警鐘を鳴らし、201X年が「日本における怒りの年」であることを示したのであるが——

「玉崎は何かにキレてるん?」
「どうしたんだ?」
「ホームレス殺すほどイラついてんじゃないの?」

彼はビールをゴクゴクつまみもなく飲み干し、にっこり笑顔になる。

「ありゃ、クセみたいなもんさ」
「人殺しが?」
「よくある娯楽だぜ。落ちこぼれか、気に食わないやつはああして居ないものにする。俺の実家の繰流撫村じゃ、昔からそういうことがあった」
「ふうん。スカッとするの? やっぱり」
「まあな。モグラ叩きとおんなじさ」
「ゲーム脳の恐怖だ」
「やめろよ。リアルな話なんだぜ、いいか、俺もやられる寸前だったんだ。何せ、あいつは防御に慣れがあった。でも負けて死んだ。お気の毒だな」

人殺しの感想を聞くのはあまり気分の良いものではない。これ見よがしに、私は彼女のモンタージュ写真を眺める。

「……で、起き上がった瞬間に頭へガツンと叩き込み……おい、おい。それってさ。その似顔絵、”あの”あの子、だろ?」

玉崎はずいぶん酔いが回っていた。ただ、口の中は銀の舌へと変わっていたようだ。

「さっきはタイミングを逃したんだけどよ。考えてみたら……やっぱ、やべえ奴だよな。衝動的に67人も殺せるかっちゅーの。何考えてたんだろ」

道の上、沢の中、崖の下。いつまでも意味を探してる。
何があったのか、とか。そういう。

「……理由なんてないでしょ」

「いいや、あるね」

「アレがなんだった、も何も。何度も言わせないで。私が知ってることはないよ」

私がまた彼と組むようになってから、酒が入ればいつも思い出話をすることになっていた。
夏の奇妙な旅、二人して地獄へ向かう旅。結局私は門すら潜れず、彼女は今もきっとどこかで彷徨ってる。あるいはやっぱり海の中。

そしてこんな話題に落ち着くわけだ。
『さて、何が彼女を突き動かしたか?』と。

殺しの話はそのきっかけの合言葉だった。

「お前、ホントに気が付かなかったのか?」

「なにがさ」

「真夜中の虐殺についてだよ」

「知ってるよ。常に寝不足だったし彼女。あと、気が付いたらホテルが血の海になってたこともあった。布団のシーツをぐちゃぐちゃに赤くしてさ。返り血かあの子のかもわからない汚れを寝てる間に拭たげてさ。最悪だった」

「よく捕まらなかったな」

「ま、私も元々記者だから、証拠消すのは得意だしね。あとそう……表に出ない方が、『被害者』にとってもサツにとっても都合が良かったみたい」

「日本の半分に拠点を置いてた半グレ、ヤクザ、その他もろもろを満遍なく荒らしまわってたんだろ?」

「その議論は一昨日したでしょ」

この問答は堂々巡りする。語るべきことが多すぎる。例えるなら、偉大な兄弟の実在を証明できるか、という所まで来ていた。 答えはノーだ。それくらい、この話題は肥大化してた。
どれだけ事実を重ねても、大きな織物から糸を引き抜いて、小さな織物に編み直す作業でしかない。一向に尻尾を捉えられない。
だけど、私はこうして、あの陽炎を話すしかない。

「——ああ、そうだ。俺も”あの子”の名前は聞いてなかった」
「教えたくないわ。友情は大事だから」
「かもしれないがねえ。やっぱり、締まらねえ。もっと具体的なさ……」
「具体的? 難しいことを言うね」
「いい加減わかんねえんだ。ほんとにあの子が65人だか、215人だかをぶっ殺したってのが。ほら、結構可愛い子じゃねえか。相手取ったのは曲がりなりにも暴力を食い物にしてるやつ。ナメてる。単に『あいつ』呼ばわりだと、マジのことでも信じられなくなってきちまう」

彼女は実際問題、昼歩きつつ、夜な夜な現実性をふやかしていた。狂ってる。
彼女が自分の事を怪獣になぞらえていたのは、自分がやったことがあまりにも冗談みたいだったからかもしれない。予想だけれど。
それに名前をつければ、途端に……現実にあるものじゃないみたいだ。私が触れられるようになる。
やっぱ語り尽くすのは無理無理の無理。


「……真赤な太陽に 昇るたつまきを、大きな怪獣は 涙で見つめてた……自分の足跡に 両手をふりながら。西へと歩いたよ、朝昼夜までも」

「……お前、話聞てた?」
「うん。ゴジラを見上げることは出来ないんだ」
「どういうことだ?」

でも、覆水盆に返らずだ。今となっては、結果があるだけだった。

「私はさ、私が知ってる範囲のことしか語れないわけでさ」
「……たとえば?」
「私が調べた中で、いちばん惨い死体の話でもする?——」

私はふと、ポケットに手を突っ込んだ。そこにはメビウスは無かった。

「——ま、やらないけど」

「言いかけたなら言ってくれよ」

「いやだよ。要するに、起っちゃったし、現に私らはこうして酒飲んで、暴力にされるがままになってる。それでこの話は終わりでいいんじゃない? ただ状況から考えても、私の隣で歩いてた子は何か変えようとしてたわけではなかったんだよ」

酔っ払い特有の無茶苦茶話。

「話飛ばすな。まあ付き合ってあげるけども。ただよ、現に世界は変わっちまっただろ。自分を殺すのは口実にすぎなくて、君らは暴力を楽しんでたんじゃないのかい?」
「私らの事を話されるのはシンプルに気分悪いわ」
「でも、研究テーマとしてはぴったりだ」

無へ向かっていたはずなのに、気が付けば世界に小石をぶつけてた。三文記事でもわかる通り、この国はどんどん荒廃に向かってる。皮肉なことだ。
「すぐに破り捨ててほしい」。
自分の不在証明をしようとしたら、かえって浮き彫りになってたなんて。
今じゃ裏に膝まで浸かってる人間や、クソ田舎で生きてるやつらは、喜劇の影の下で、意味を悶々と悩む羽目になっている。……私含めて。

……私はあからさまに追加の酒を頼み、おつまみもどっさり注文する。話題を替えたかった。

「それよりもさ。千夜一夜物語って知ってるかしら」
「俺とお前は同じ大学の同じ学部を出てる。つまらん講義だったよな」
「あれの物語は1000もない、なんてのは有名な話なんだけど。毎晩なんて締めくくるか知ってるよね?」

「『明日はもっと面白い話になる』だろ」

「そういうこと。いいかな? 哀れなお姫様にとって、お話の内容なんて関係なくて、姫にとっては毎晩殺させない為の儀式にすぎない訳。ただひたすらに、ロウソクを切らさないように。話を戻そう。私らの旅でも同じことが言えたね」

「つまりあんたが言いたいのは、死にに行くためじゃなく、生きるためにやってたと? あのもろもろを?」
「分かってくれて嬉しい。よーするに、どうでもよかったわけ。ただ、ここに居るとか居ないとかが」

目の前のまともなジャーナリストは、ようやく3杯目の酒を頼んだ。

「……こんなこたあ、言いたくないけどな。お前は彼女を止められたはずなんだ。そして、もっと早く死ぬことだってできた。そんな無意味な殺戮繰り返してどうするの、って言いつつ、今から首でも吊らないか、ってな」

「そんな合理的な捉え方をするから、君はいつまでたっても物事の本質が分からないの」

玉崎は勢いを付けて飲む。

「なんでお前はせっかくのチャンスを無駄にしてるんら?」
「と、言いますと?」

彼は酒に弱い。銀の舌が錆び始めてきている。

「俺がこうやって付き”は”ってやってんのは、お前の人生に意味お、見出しへ、定義を付けて、世界に還元したいからなんだお。なのにどうして、こう、はぐらかす」
「……きっと、『素敵な思い出話』に変えちゃえば、幾分か気持ちの整理はつくんだろうけどさ。納得したらそこで旅は終わる気がするんだよねー。墓碑に掘る文字を作りたくないの」
「それなら、なおさらら。くさったニヒリストめ。……お前はもっとさ、こんなクソ田舎じゃなく、デカい街でデカい仕事をやるべきなんだよ……生きがいを見つけろよお……」

ろれつが回ってない。結局あの子がどうとか、名前を付けて保存するとか、今夜も出来なかった。
たぶん永遠に不可能だ。結局のところ、死に損なって、ここに居る。
生きてる限り関わる死体の数は増えるだろうし、己を殺すために色んなヤバい橋を渡ろうともするだろう。
私はそうなってしまったのだ。ずっと夜に囚われてる。

でも、どうしてかは分からない。理解しているんだろうけど、その現象に名前を付けることができない。ある側面だけを見ることが出来ない。本当の話をすることしかできないのだ。
行って帰ってきた、としか。

「……何もかも無意味とは思っちゃないよ。ただ、側面を語れば永遠に正しい言葉にならないから、私は沈黙とか、あるいは詭弁を貫いてるだけ。それにこの田舎にいる理由も、特に見つかんないから。教えることは無いなー」

「黙ってちゃ、いつまでたってもお日様の下を歩けなひぞ。お前は間違ってる。背後に罪悪感を感じてんのひ、その正体を見つめようともしない。お前はもう、救われてもいいんだぞ? 俺と同じで裏家業からは足洗えねえかもしれないけどよ、なんかこう、あるだろ。要するに! もうあの子の事は忘れたらどうだ」

「私に夜明けは来ない。救いもね。もしかしたら私には朝が来てるかもしれないけど、空が暗い限りは区切りのつけようがないんだよ。いつまでも、あの子は……たぶん私しか知らない陽炎でさ……」

「話がメチャクチャになってるら。外の空気に当たったらどうだ酔っ払ひ。もう何杯飲んだ」

「ダブルを12杯、それからマルガリータ4杯」
「……肝臓がんで死ねばいい」

私はケケケと笑って、ふらふらと、まともに動こうとしない足で酒場を抜け(支払いはツケだ)、バカみたいに広い道路に掛ってる歩道橋をトン、トン、トンと登り、柵にもたれて交差点を眺めた。

「変わんないわね……」

夏雲に見下ろされてた時と、図らずも同じ気持ちになっていた。

地面を見下ろす。
ボロボロの自転車を漕いでる空き缶集めのホームレスは、空回り気味のペダルをキーコキーコ踏んでいる。お面を被ったちんぴらが、サラリーマンの生首で遊んでる。
救急車が足元を通り過ぎたと思うと、反対車線からは霊柩車がやってくる。

「どーして私……たすかったんだろーね……」

まだ夜は更けない。いつまでも、いつまでも。

ぐっと柵を握る。遠くを見つめる。

ぼろぼろの旧県庁舎の中に灯っていた、徐々に消えていく窓の光。

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◇3:おつきさま ねだり◇


+++++++++++++++++

小麦粉をぶちまけたような空の星。

フェリーは海を進む。

その少女は、デッキの上に立っていた。

両手をフェンスについて、ぼんやりと遠くを見ている。
勿論深夜、彼女以外に海風を受ける者はいない。
時々強風が吹いて髪の隙間から白い星が透けて見えるほど乱れてるけど、とくに気にせず、どこか虚ろに夜空を見ていた。

「元気ある?」

私は声をかける。彼女は答える。

「海夏、ね。真夜中立ち入り禁止だったの、知らなくてさ。黙ってくれる?」


「黙るも何も、鍵壊して侵入したんだからさ、この後考えといてよ」

私も彼女の隣でフェンスにもたれ、星を見た。

勿論右手には度数の高いチューハイを引っ提げている。レモン味の安物。売店で買えてしまうやつ。缶ハイボールよりも悪酔いできるやつ。それを一口、飲んだ。

彼女は私に視線を向けない。ずっと、ずっと遠くを見てる。

ごうごうと耳元で風を切る音が響く。


「もう終わりだね」
分かり切ったことを私は言う。

「帰るなら、帰ればよかったのに」
「いいや。まだ見たい道があったからさ。そりゃ、私でもドン引くって事、しでかしてくれてたけど……」
「痛みは引いてるよ。もう絶対やらないから。いまはなんか、ここに居る実感がすごいある。すごく」
「……寝れないんでしょ?」
「うん、気分最悪。頭痛薬欲しい」
「ないよ。君は飲み過ぎるから」

彼女はようやく、私と視線を合わせてくれた。

「さっき、変な夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。私の昔の夢。小さいころの夢。小さいころからずーっと、子供部屋にいるまま、私が何も知らずに死んじゃう夢。もしくは今みたいに飛び出したはいいけど、スグに死んでしまう夢。高校生の生活をしたりとか、他にもたくさん。長い夢だった」

私はちょっと口角をあげてみた。
暴風のお陰で起きてる、メガネのずれは気にしなかった。

「それ、夢じゃないかもね。内容をちゃんと覚えてるって事はさ。前世とか」
「……夢占い詳しいの?」
「いいや。ちょっと身の回りでさ、SFな事あって」
「ごめん、どれだけ具体的に言われても、その手の話は分かんないかも……スターウォーズも見たことないし」
「あー、ドラえもんとかパーマン。あのくらいの可愛い方だよ」

こういう私も自分なりに絵を頭の中に浮かべたが、下手な絵描き歌で完成したダルマしか出てこなかった。

「ごめん全く分からない」
「そっか」

少しの沈黙。レモンサワーの苦み。

「……君さ。なんで助けてくれたの」
「助ける?」
「ほら、あの四人だよ、四人。一緒にバラしたじゃん」

——少し前の、真夜中の事だ。

今みたいに、星が奇麗な夜だった。

かねてから私は目星をつけてた、祀る人間がいるのか怪しい三重のぼっろい神社に行って、ちょいと首を吊ろうとしてた。そこでのお話。もしも一月前に始点になる場所どこだと言われれば、そこと言われる話だ。

深い木々の中、月の明かりすらない暗闇、セミが鳴く。土の臭いを肺にため込む。
当然、一人で死ぬわけで、腕にも首にも汗がだらだら出るほど怖かった。

「痛いのはホント嫌なんだけどな……」

独り言をつぶやき続けて時間は流れる。
1台のミニバンが来る。
気持ち悪い野郎4人くらいが出てきた。

私は、そいつらの動向を観察する。
車から、ぐったりとした女を積み荷でも降ろすように扱って、肩に抱えてこっちまで向かってくる。『積み荷』は、私くらいの年齢の人だった。

明らかにそいつは死んでた。

連中はどうやら、死体を埋めに来たのだ。

後で分かったことだけど、件の神社は、ヤクザだか、半グレだかが、老人騙して「オモチャ」にした人間を処分する場所だったらしい。
怨念にいくら怨念をかけても怨念に変わりがないよね、だなんて発想法だ。

私はこっそり見てた。
死相が知りたかった。私もいずれ、こうなるのであれば……というやつだ。
思い返せば、最悪で笑えてくる。

当然私は見つかった。そもそも隠れる場所が無かったので当たり前だ。

当然彼らは激昂した。私は凌辱の限りを尽くされて、どう動いても、力は絶対入らなくって、ホントに困ったな、いっそ、早く殺してくれないかな、だなんて思っていたら、彼女がふらりと、やってきた。
そしたら、下衆野郎は全員死んだ。その子の手により、最期を迎えてしまった。

そうして、私ら二人は歩き出したんだけれど……。

なぜ、彼女が私を信頼して、しかも人殺しをしてまで私を生かした理由が分からなかった。

「——ああ。ただ通りすがったし、心配だったから」
「……それだけ?」
「うん」
「しょうもな」
「でも、もっと平和になるべきだとおもった」
「それで?」
「たくさん、殺しちゃった。毎晩毎晩、自分も、あいつらも。許せなかったんだ」
「……自慢することでもないじゃん」
「そうだね」

思い直したかのように、彼女はジャケットのポケットに入っていた果物ナイフを手に取る。

「そんな危ない物、よく入り口で取られなかったね」
おもむろにキャップを取る。かつては鏡のようだったであろう刃は、赤茶色の斑点で汚れている。
蛍光灯の光のせいで、嫌でも不気味なコントラストを描いていた。彼女はそれをまじまじと見た。
「……すべては血から始まる。いちど心臓が融けはじめたなら、二度と逃れることができない」
「誰の言葉?」
「私の、お父さん」
「ああ。君のお父さんっていうと……あのイカサマ師の?」
「……ふふ。『イカサマ師』ね。的を得てる。そういう風に呼ぶ人初めて。みんな『戦後屈指の実業家』だとか、なんかつよそうな肩書きで呼ぶのに」
「なあに。私はハメられた一人だからね」

私は彼女に飲みさしのレモンチューハイを押し付けた。彼女はそれを受け取って飲んで、ゲホゲホとむせた。

「じゃあ、昔の事とか、全部調べて知ってるわけだ」
「うん。知ってる。元記者舐めんな」

自分で日記に書いてたのを忘れてるらしい。そんなもんだ。

「……はは……それならさ、もっと早く出会ってたら、きっと私はあなたを殺してた。私を探ってたのは、あなたなんでしょ」
「かもしれないねー」
「おとーさんから聞いたよ。汚いドブネズミの掃除を始めてるって。そいつは無害そうな顔をしながら悪徳を振り撒く災禍で、嘘を世界に並べる畜生って」
「酷い言われようだわね。ま、正解って事にしよか。君にこういう形で出会ってなきゃ、簀巻きにされて、ガソリン頭から被って、交流電気を繋がれて、その後ボディは透明になってたね」
「……でも、もう、無慈悲なあの子は居ない。悪いのは、私一人で十分だから」
「まーた、良くわからない事言うなア」
彼女は口笛を吹いた。古い西部劇の一曲だ。知ってる。『ウエスタン』のハーモニカ。あの曲だ。彼女は口笛を吹き終わった。

そのまま、目を閉じて、空中に紋を切りバツを描いた後、紐を縛るしぐさをして、ナイフを海に落とした。
——すうっと闇に消える。
ごうごうと吹く風の中でも、小さく水の跳ねる音がした。

「さようなら、もっとより良い僕らのために——」
 彼女は海に背を向ける。肩をフェンスにもたれ掛け、顔を私の方へ向けた。 
皮肉を含んだように笑いながら。
「——くだらないよね。ほんと」
「……それもお父さんの言葉?」
「そうだよ。シアワセの為にやるの。上っ面を取り繕うために」

彼女は空を見上げる。

「今、幸せ?」
「いいや、全く。死体の上に立ってるから。このまま何も無かったように、消え去れたらいいんだけど」
「そうだね」
「私、居なくなりたいんだ」
「知ってる」
「いつも、私は居る気がしない。いたとしても、誰かの定義の上なんだ」
「それはどういうこと?」
「あなたが知ってるように、私はイカサマ師というか、平たく言えば、テロリストの娘。残念なことに、まだ生きてやがって、私を必要としてる」
「それで?」
「私は結局、『人殺しの娘』。そういう事から逃げられないし、顔を消すことだって、できない。それに殺しの方法くらいしか、私にできることがわかんない。どこまで行っても、自分の影から逃げられない」
「ふうん。君は君だけども」
「私を見つけられないでいたんだ。だけど、誰かに勝手に私のことを定義づけられるのは嫌だ。だったらどうする? 私の心に秘めたまま、消えちゃえばいいんだ。そう思ってる」
「……それが、ここまで歩いた理由?」
「うん」
「ろくでもないわね」
「いいよ、なんでも。ついて来てくれてありがとう」
「どういたしまして」

私も海に空き缶を投げ捨てた。音はしなかった。

「ああそうだ、なんでさ、”たくさん殺した”って言ってたの?」
「わかんない。ただ、私と一緒に、悪いのもきえちゃえば、って思ってたんだ。変わりたかった。私が私を見つけられないなら、私が一番悪くなって、そういう定義を心に秘めて、落ちればいいってさ」
「……はあ。悪いの、って?」
「自分の為に他人を踏みにじるやつら——」

私は呆気にとられた。

「——でも、そんな事って、上っ面に過ぎないんだよ。もっとマシな世界になるべきだと思ったりとか、自分に意味を見出そうとしちゃってる。わけわかんない。返り血浴びるか、自分を痛めつけてなきゃどこにいるかもわからない透明人間のくせに」

「でも、私は君を見てるわけだよ」

「もう遅いんだ、何もかも。誰か止めてくれるとか、私を途中で死なせてくれればとか、思わなくもなかった」
「だけど愚か者として死にたくはないから、もう戻れないってわけね」
「……ええ、もっと正しい人間であれたらな」

私たちはいずれ、地獄に落ちる。遅かれ早かれ。
間違ってるとは思わないけど、正しいわけではない。

「……じゃあ、こう思うんだよ。現実だから、こうやってフクザツな気持ちでいられるってさ。夢ならとうの昔に終わってるって」
「夢、か」
「私が思うにさ、今まで私たちがここまで来れてるのは、死ななかったからでしょ? ゴールを決めて、歩いてきたわけでしょ? だけどそこに辿り着けなかった私たちが居る可能性もあるわけで……」
「ああ、SFの話って、そういう」
「ふふ。気が付いた?」

私は伸びた。海の風が気持ちいい。彼女はまだ気持ちの晴れない顔をしてた。

「……でも、いま私たちがこうしてるのも、嘘だったりするかもよ。決して覚めない夢の中、ずーっと、ずーっと、あなたと、暗闇の中を歩いてるだけ」
「……それでいいよ。嘘でもさ、足が腫れてんのはホントだしね、かしこい君。あんたとならどこまでも行ける~って奴。最高の、真夜中の無駄遣いだから」
「もっと違う形で外の世界を歩きたかったね。いろんなことをやりたかった。夢のように死ねたらな」
「ほんとにね」
「……ねえ、海夏……どの地獄に落ちたいか、聞いてもいい?」
「高望みはしないよ。修羅の国はヤダな、ってだけ」
「同感」
「このまま何も起こりませんよーに」
「……流れ星?」
「さあね」

私も空を見上げる。月は出ていなかった。新月の夜だった。

彼女は勿体付けたように、また何か良く分からない言葉をつぶやく。

「……ここにあるのはただの偶然。もしくは私がそうしたかったから。結局回って因果になって、物事全部なるべくしてなる、か」
「それは誰の言葉?」
「私」
「素敵だね。ノートに太字で書いてあげよか」
「賛成。字の横に点も付けといてよ。……あ、ちょっと気になるんだけど、今みたいな言葉をたくさん集めてさ、本にしたら、どれだけ売れると思う?」
「王様のブランチに取り上げられるくらいはするでしょ」
「表紙はゴシック体で頼みたいな。『40の言葉』ってつけて」
「いい皮算用」
「今からでも遅くないんじゃない?」
「だけど、このあと死ぬんだよね。お金は誰が受け取るの?」
「いいじゃん。貰っといて」
「やだなあ、私もこれから一緒に逝くのにさ」
「せめて正しいことをやってみない? これからは」
「……まず、タバコ辞めなよ」
「酒辞めなよ」

どうしようもなく、笑った。


【"make a night of it"  END】

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・この話はあらゆる反社会的行為を推奨するものではありません。
・完全なるフィクションです。実在のあれこれとは一切合切全く毛頭関係ありません。

↓このお話は #風景画杯 に参加したものです。(レギュレーション違反疑惑はさておき)、主催の白蔵主さん、たのしい企画をありがとう! これを読んだきみも、問答無用で参加! 今すぐ!↓

(おわりです)

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💀特に後で記事出す理由も無いので雑記💀

ばぷる君が高校生だったころに書いて封印した小説「どうせ私は限界がある(今書いてる限界があるずの原型)」の素材を使い、短編に再構成したモノです。封印前にどっかに出した記憶あるけど忘れたから不確か そもそも4年の時を経て復活するな ともかく、リアレンジ・リミックス盤とかいうやつです。
元々の奴とは全く別物。それはそれとして、バンクを活用するな 真面目にスクラッチしろ

あんまりにもメッセージ性が強すぎたために完成後も修復してたらすげえ長くなっちゃった。でも、なんとなく風景的な小説が3本も入ってお得っしょ(誰得)
結論としては、着替えしてないし鼻毛だって出てた話を、何とか外に出せるようできたかな……と思ったり。
その結果が密室クジラ小説でもまあええか。結論はない。

(マジでおわりです)

コインいっこいれる