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【1000文字エッセイ】#2 ホットアイマスク ~そこに静かにあるものたち~


これは、わたしの大好きなエッセイ集、江國香織さんの“とるにたらないものもの”に憧れて、憧れすぎて、書いているものです。


「そのホットアイマスク、使いましょうよ、ね?」

整体師さんが、まゆげのキワの骨をぐぅーーっと押す。

仕事柄、毎日パソコンにはりついて、目を酷使している。翻訳者のなかには、目が疲れると頭痛になるので、目のケアは欠かせないと言うひとも多い。

幸いなことに、わたしは目が疲れていても、頭痛にはつながらない。どこかの神経がプチッと切れているのかも。

もともとズボラなので、目のケアのための時間があるなら、その時間を睡眠にまわしたいと思っている。

そんな調子で、長いあいだ、目の疲れをためこんでしまっていた。

月に2回の整体通い。その日は、目や頭皮の疲れをとるヘッドマッサージをお願いした。

「これはひどい。頭皮パンパンですよ」

呆れた声が頭上から降ってくる。

わたしはまるで、教室で先生に注意された子供のように恥ずかしくなり、目をつむったまま、いたたまれない気持ちになった。

「すみません…」

ぐぅーーっと指圧されると、ひどく固い。わかりやすくキリキリ痛む。

「目の疲れ、かなりたまってますね。ホットアイマスクとか使ってますか?」

ホットアイマスクは持っている。でも、まだ1度も使ったことがない。

子供からの誕生日プレゼントだもの。もったいなくて使えない。お小遣いで買ってくれたから、ありがたくて使えない。ここぞというときに使いたいの。もう目が限界、そういうときのために大切にとってあるの。

そんなようなことを、ベッドに横たわったまま整体師さんに伝えた。

「それ、いまですよ、カミーノさん。いまが、その“ここぞ”というときです。今日の夜、お家で使ってくださいね」

その夜、ホットアイマスクを開けようとしているわたしに、子供が言った。

「去年あげたそれ、まだ使ってなかったの?」

「うん…もったいなくて使えなかった」

「使えばいいのに。もう1箱、プレゼントしようか。それだったらもったいなくないでしょ。ね、使いなよ」

そうじゃない。そうじゃないんだよ。

もう1箱もらったら、そのもう1箱も使えない。君がくれたものは、もったいなくて使えないんだ。

そのとき、亡くなった母をふと思い出した。わたしが母にプレゼントしたグリーンのお財布、母は亡くなるまで1回も使わなかったな。

「ねぇ、せっかくプレゼントしたのに、なんで使わないの?」

母にそう聞いたっけ。

「だって、もったいなくて使えないよ」

そうか、母もこういう気持ちだったのか。

お母さん。

わたしも、親になったみたい。

お母さんの気持ちがわかるくらい、ちゃんと、親になったみたい。

大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。