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また会える【週末・恋愛小説】 #リライト金曜トワイライト

こちらのお祭り企画に参加しています。

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(カミーノによるリライト版)

旧いビルの長い廊下の端っこだった。資料らしき本を沢山かかえている彼女。

「え?なんでココにいるの....」

彼女は口かずが少なくて、ちいさくて、キレイな瞳をしていた。僕の大スキな子だった。

何度も偶然に再会し、デートもしたけど、なにも始まらなかった。最初のデートは中学生の最後の頃。赤穂浪士の討ち入りの日で12月14日だった。僕たちはお寺の近くに住んでいた。

「お茶くみみたいな感じ。ぜんぜん写真の仕事じゃないの」

たくさんの本を抱えた彼女は、ため息をつきながら、それでも明るく努めてそう言った。

僕たちがまだ大学生のころ、試験勉強で広尾の図書館で偶然の再会をしてから4年が経っていた。

彼女は美大の写真科を出た。そして、僕の入った会社の関連会社で、広告撮影のカメラマンが所属するところに入社していた。

その頃の僕は、会社に行きたいと思える日が一日もなくて、ストレスばかりが積み重なっていた。手に蕁麻疹が出来て紙袋を持つと血が滲んだ。うつ病から復帰した直属の上司は突然怒ってワケわからなかったし、10歳以上離れた先輩たちは、ガラが悪くて昔かたぎの広告マンばかりだった。歳の近い先輩は、日々の仕事に追われて入社したばかりの一年坊にかまうヒマなどなかった。毎月120時間以上残業していた。同期はバタバタと倒れて行った。

「また会えたね」

僕はそのひとことしか言えなかった。そう言うだけで精一杯だった。

彼女はちいさい頃から変わらなかった。高校の時にはクリスマスイブの日にデートをした。誘ったらひとつ返事で来てくれたんだから、まんざら悪い感じでもなかったと思う。

そのあと何度かデートしたけど流れてしまった。縁がなかったのかもしれないし、僕の“あと一歩”の一押しが足りなかったのかもしれない。

どちらかは分からないけれど、デートの次の段階に進めなかったのは、そのどちらかが原因だったんだろう。

大学生のころに図書館で偶然会ったときは、何度か一緒にご飯に行った。あのころはオシャレなお店に行けるようなお金はなかったから、彼女を連れて行ったのは、学生がよく集まるお店。これでもかというくらいボリュームたっぷりの料理を、安く食べさせてくれる定食屋だった。

彼女がお気に入りだというお店に連れて行ってくれたこともある。なんの店だったかは覚えていないけれど、店の壁には、静謐な雰囲気を漂わせた女性のモノクロ写真がかかっていた。

「この写真を見るたびに、心をもっていかれちゃうんだよね」

彼女がぽつりとそう言ったのを覚えている。

静かなモノクロ写真を、熱いまなざしで見つめる彼女の横顔にドキドキしたけど、なにも起らなかった。あのときも、僕の一押しが足りなかったのかもしれない。

僕が会社員をやめて暫くしたころ、運転免許試験場で再会をした。彼女は免許の書き換えのために日本に戻ってきたという。彼女はフランスで写真の学校に入り直して、パリでフリーのカメラマンをしていた。

「大学のころに一緒に行ったお店、覚えてる?そこに女性のモノクロ写真があったでしょ。あんな写真を撮ってみたいなぁって。ずっとそう思ってて。それでフランスの写真学校に入ったの」

僕と一緒にあのお店に行ったことを、彼女はちゃんと覚えていた。僕はあわてて、「もちろん覚えてる。しーんとした泉の波紋みたいに、静かな女性の写真だったよなぁ。」と言った。

ほんとは、『キミみたいに、芯の強さを感じる美しい女性だった』って一気に言えたらよかったんだけど、照れくさくて、その言葉を飲みこんだ。

とりとめない話をして、食事に行く約束をとりつけた。約束の日、ずっとドキドキしてたけど、なにも起きなかった。

「また会おう」

僕はそのひとことしか言えなかった。それ以上のことは、なにも言えなかった。

このまえ、渋谷のBunkamuraの本屋で写真集のコーナーを眺めていたら、彼女の写真集をみつけた。盲目の人をテーマにしていて、点字がすべてのページに書かれていた。とても素晴らしい写真が連なっていた。一緒に乾杯をしたくなった。

Facebookもメールアドレスも知っている。久しぶりに連絡してみようか。だけど、キミの写真集を見つけたよなんてメッセージを、今さら送るのもどうだろう。出版日から数年も経っているんだ。

出版祝いをするにも、乾杯をするにも、タイミングっていうもんがある。出版してから数年後にお祝いのメッセージが届いたら、彼女は苦笑するかもしれない。

タイミングが合わなかったんだな。フランスにいる彼女のために、渋谷のカフェからお祝いしよう。彼女のために、僕1人で乾杯しよう。

写真集をカフェのテーブルで広げる。彼女がスキな紅茶でお祝いをした。少しドキドキした。

ふと、ページをめくる手を止める。写真からなにかが聴こえてくるように感じた。

いや、待てよ。これも偶然なのか。

数年前に出版された彼女の写真集を見つけて買った。これは本当に偶然なのか。

ちゃんと考えてもみろよ。いままで何度、彼女と偶然会った?そもそもあれは、本当に偶然だったのか。

度重なる偶然を必然にできなかったのは、僕自身になにかが足りなかったんじゃないのか。

視線を、もういちど写真集に移す。そのままの姿勢で数分、いや7~8分経ったかもしれない。いままでぼんやりと感じていたことが、頭の中で少しずつ形を成していく。

少年から青年に変わる頃の初恋と呼べる彼女は、惑星の楕円軌道のように現れた。僕はけっこう(かなり)スキだったんだけど、別になにも起らなかった。そして、なにも起こらなかったのは縁がなかったんだ、そう思っていた。いや、そう思おうとしていた。

でも、本当にそれでいいのか?

偶然の再会を次につなげられなかったのは、僕の“あと一歩”の一押しが足りなかったんじゃないのか。

時計を見る。午後2時。

フランスはまだ朝の7時か。彼女は朝の忙しい時間かもしれないけど、メッセージを送ってみようか。

----- 写真集見たよ。素晴らしい写真ばかりだ。嬉しくなって、いま僕1人で乾杯しているよ -----

これだけで十分だろう。

このメッセージが次のなにかにつながるかどうか、そんなことは分からない。運命や縁があるかどうかなんて、それも分からない。

でも今回だけは、僕の“あと一歩”の一押しが必要なんだ。僕のなかの誰かがそう言っている。

彼女の撮った写真からなにかが聴こえてきて、僕はそれをキャッチしたんだ。いまから彼女に送るメッセージは、僕が彼女の写真に込められたなにかをキャッチした、その証だ。

送信ボタンを押す。

送信して2分後、彼女から返信が来た。

----- 久しぶり!写真集、見てくれたの?すごく嬉しい、ありがとう。いまどこで乾杯してる?そこに行きたい。あのね、すごい偶然なんだけど。いま東京に帰って来てるの。今週末にはフランスに戻るんだけど -----

驚いた。

僕の“あと一歩”の一押しが、思わぬ偶然を連れてきた。

いや、これはもう偶然じゃないよな。そんなことを思いながら、カフェの場所と名前を急いで彼女に送る。

----- 分かった!今から急いで準備する。あと1時間あればそこに行けると思う。あのね、潤ちゃんにね、話したいことがたくさんあるの。潤ちゃんにね、聞いてもらいたいことがいっぱいあるの。必ず行くから待ってて --- 

再会はひょいとやってくる。いつも心がグラグラする。それを何と呼べばいいのかずーっと解らなかった。運命でも縁でもない。これも恋の一種なのかもしれない。シゴトと恋だけがオトナを変える。

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今回リライトした作品はこちら。

【追記】

☆ なぜこの作品を選んだの?

オリジナル作品を読んでいただければ分かるのですが、この作品は、主人公男性(池松さん)が初恋の女性と、時を経て偶然に何度も再会するお話です。

何度も再会するのに、2人の関係がまったく進まない。もうね、ここに【もどかしさ】を感じちゃったわけですよ、女性として。

その女性の(いや、わたしの)もどかしい気持ちを解消すべく、この作品をリライト案件として選びました。


☆ どこにフォーカスしてリライトしたの?

2人の関係性が偶然の再会だけでは終わらない含みを持たせること、にフォーカスしました。

たび重なる偶然は必然かもしれないよ、さぁ、勇気を出すんだ、主人公男性(池松さん)!という、エールの気持ちを込めてリライト。

偶然も1、2回なら『あら、偶然ね』で済ませられるけど、時を経てこんなふうに何度も再会するなんて、これはもう偶然じゃないよね、わたしと彼にはなにかあるのかも・・・なんて思うわけですよ、女性は(というか、わたしは)。これはひょっとして、運命的なアレ?とかね。

この相手の女性は、池松さん(もう池松さんに限定します!)に偶然会って食事に誘われたら、ひとつ返事で行く。そりゃそうですよ、もしかして・・って思うもの。

誘われてついて行くのだから、女性は池松さんのことを憎からず思っている証拠。だから、池松さんの行動になんらかの期待を抱いているはず・・・だと思うんです。

でもそれ以上は進まないんだな。ここがもうね、背中をポンポンと叩いて応援したくなっちゃうの、池松さんを(あ、急にタメ口でごめんなさい)。

わたしの勝手な推測によれば、女性は池松さんからのもう一押し(関係性を一気に縮めるようななにか)を待っていたんじゃないのかなって。池松さんの一押しがあれば、2人の結末は違ったのかもしれないなぁ、そんなふうに思ったわけです。

オリジナルの小説の最後の部分では、彼女が出版した写真集を見ながら、池松さんは1人で乾杯するんです。お祝いメッセージを彼女に送らずに。彼女の好きな紅茶で池松さんが1人で乾杯するっていうところが、またいじらしいじゃないですか。

ここを、【彼女にメッセージを送った、勇気を出してもう一押しをした】というふうにリライトしました。

その一押しが新たな偶然を連れてきて、もしかしたら2人の関係性がイイ方向に変わるのかもしれないよ、さぁ、どうなるのかな、という含みを残す結末にしました。

☆ 感想

恋愛小説は1度も書いたことがないので、最初はどうなるんだろうとドキドキしました。でも、このリライト企画は、控えめに言ってもとても楽しかったです。また挑戦したいな。貴重な機会をいただきありがとうございました。



大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。