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ウサギとゾウ(ショートショート)

 朝目が覚めて、頭に違和感を覚えた。最初寝ぐせかと思っていたのだが、洗面所の鏡を覗いて見ると、確実に長い耳が頭のてっぺんに2つ、ついていた。
「かあさんかあさん、大変だ、俺の耳が」
 周章狼狽した俺は母親を慌てて呼んだ。呼ばれて出てきた母親を見てぶったまげた。同じように長い耳が生えていた。父親も何事かときてみれば、やはり同じように長い耳が生えていた。ウサギの耳である。どう見ても。一家揃ってウサギになっちまった。
 俺ほどには何故か父親も母親も驚いていなかった。
「まあまあ、耳が変なのがついてるわね」
「本当だ、3人とも。こりゃ驚いた。わはははは」
 どういう感覚をしているのだ、この両親は。ともかく俺は学校に行くことにした。耳は帽子かなにかで隠したかったが、うまくいかず、鉢巻きで胡麻化した。
 学校に行ってまた驚いた。ウサギ耳がいっぱいいるのである。それどころではなかった。ゾウ鼻まで同じくらいの数いた。ゾウ鼻である。ウサギ耳より不便だろう、と思っていたら、本人たちは、結構違和感なく過ごしていた。
「おまえ、鼻、ゾウになってるじゃないか。どうしたんだよ」
 と尋ねても返事はうちの両親とあまり変わらなかった。
「わはははは。お前だって隠してるけどウサギ耳じゃねーか」
 昼食時間になった。ゾウたちはさぞかし、食べ物を食べにくいだろうと思っていたら、これがまた鼻で箸を持ち、上手に口に持って行ってるではないか。人によっては本を両手で読みながら食ってやがる。
「ゾウ鼻は便利だな。俺もゾウ鼻のほうがよかったな」
 ウサギ耳の奴が答えた。何がウサギ耳よりゾウ鼻がいいものか。何てったってかっこ悪いじゃないか。
 憧れの明菜ちゃんは、ゾウ鼻だった。100年の恋もなんとやら、である。あの可愛らしい鼻が好きだったのに。でも本人は気にするふうでもない。「誰がために鐘は鳴る」じゃないけど、キスする時に鼻が邪魔になるだろうに、とふとそんなどうでもいいことを考えてしまった。
 クラスの半数がウサギで、もう半分がゾウだった。これはいったいどういう訳なのだろう。俺は推理した。そしてあることに気づいた。A中出身がウサギでB中出身がゾウなのであった。他の中学校からきたやつはいない。というかここの公立高校はA中とB中しか受けないようになっているのである。校区制が敷かれていた。もし校区制が敷かれてい なかったとしてもよそから受けに来る子なんて多分だれもいないだろう。ここは他の地区とは特別離れている新興住宅地だからであった。
 だから他の地区から通勤してくる先生方は耳も鼻も普通であった。しかしウサギ耳やゾウ鼻を見て驚く様子もない。これはいったいなぜなのだろう。
 学校が終り、明日は休みの土曜日だった。俺は特別クラブ活動もないので、まっすぐ帰ることにした。憧れの明菜ちゃんに今日は声を掛ける気もしなかった。
「山本くん」
 帰り際、同じクラスのウサギ耳の田中が声を掛けた。
「君、この現象を不思議に感じて驚いているよね」
「当り前じゃないか。どう考えても異常だろう」
「よかった。同じ仲間がいて。僕も目が覚めた時、この耳に驚いたんだけど、家の者は誰もそんなに気に掛けないから不思議に思ってたんだ」
「そうだろう。ウチもさ。学校の先生だってそうじゃないか。誰も不思議がらない」
「これには何か陰謀が隠されているんじゃないかと思うんだ」
 俺は腕組みをして考えた。確かに何かの陰謀に違いはなかろう。
「たとえば宇宙人が侵略するために・・・」
「するために、何で耳と鼻をこんなふうにされなければならないんだよ」
 俺は少し怪訝な顔をして聞いた。
「僕らを催眠術にかけて、兵士にするんだと思う」
「兵士だって。戦争をおっぱじめるってのかい」
「ゾウとウサギで戦わせるんだ。きっと。これは代理戦争だよ」
 その時、目の前にピカーッと光る明かりが俺と田中を眩しくさせた。
 光の方から声が聞こえた。
「よくそこまで考えたね。ほぼ正解だよ」
 光に慣れて見てみると、ウサギの顔をした2本足の宇宙人とゾウの顔をした2本足の宇宙人が立っていた。
「君達だけ、催眠術にかからなかったようだね。失敗だったよ。未然に防げてよかった」
 というやいなや両宇宙人は光線銃をぶっ放し俺たちに浴びせた。
 

 



 パパ~ン。銃声が響いた。俺はそれを合図に走り出した。目の前にハシゴが横たわっていた。それをかいくぐり、次は網の中をもがきながら走る。やっと出たかと思うと、今度は飴取だ。メリケン粉に沈んだ雨を両手を使わずに口に放りこまなければならない。隣のゾウ鼻はこういう時に便利だ。フッと息をかけて器用に飴を吸い込んだ。それで先頭を走っていたのが、抜かれてしまった。俺は一生懸命ゾウ鼻を追いかけた。だが一歩及ばず、2位となった。
 次は綱引きだった。俺も参加した。向こう側には明菜ちゃんがいた。参加するようだ。遠慮はしない。ヨイショ、ヨイショ。1回戦はゾウの勝ち。2回戦はなんとか挽回してウサギが勝った。だが力ではやはりゾウのほうが強い。3回戦はあっという間に負けてしまった。明菜ちゃんが万歳をしていた。
 続いて玉入れ競争。これも手が3つあるゾウが有利だった。玉転がし、スプーン競争はウサギのすばしっこさで勝った。
 騎馬戦では俺と田中が同じチームを組んで戦ったが、相手に馬力、いや象力があって手も足もでなかった。
 だが最後の対抗リレーでは、俺は出場しなかったものの、圧倒的強さでウサギが勝った。
 全てのプログラムが終り、ゾウチームが優勝した。また来年やりましょう、とウサギの顔をした奴とゾウの顔をした奴が握手しながら言った。


 目が覚めたら午前8時だった。何だか体が筋肉痛のように痛い。なぜだろう。自分の部屋を出て、茶の間に行くと両親が既に起きていた。
「タケル、何なの、その耳は」
 そういわれて俺は洗面所に向かい鏡を覗いた。ウサギのような長い耳がついていた。両親にはついていなかった。これはいったい何なのだろう。
 俺は恥ずかしくて家にずっと隠れてようと思ったが、ふと田中のことが気になった。なぜだろう。ともかく田中の家へ行ってみることにした。
 道中、田中とバッタリ会った。奴もウサギ耳だった。
「やっぱり君と僕だけがウサギ耳だったね」
 田中がいった。
「どういうことだい。何かしっているのかい」
「わからないけど、そんな気がしたんだ」
 2人はお互いの耳を眺めあった。
 そこへ自転車に乗って明菜ちゃんがやってきた。
「どうしたの2人とも。ウサギの耳なんかつけて」
 といって笑いながら去っていった。相変わらず可愛い。あの小さな鼻が大好きだ。
「多分これは宇宙人の陰謀だよ」
 田中がいった。
「で、どうなるんだい。俺たちは」
「わからない。きっと宇宙人に選ばれて改造人間かなんかにされちゃうんだ」
「え~病院に行こう、病院に」
 俺は叫んだ。きっと変な病気に違いない。病院で切ってもらおう。

 俺と田中は病院に行ってレントゲンを撮った。
「これは完全に体の一部だね。これを切るとなると大変な手術になるよ」
 先生が興味津々にそれでいて、気の毒そうに俺たちに言った。
「とりあえず、また明日これるかな。脳外科医の権威の先生に相談してみるから」
 大ごとになったと思った。でも一生このままでは恥ずかしいもいいところだ。俺たちはなるだけ目立たない様に鉢巻をして家路についた。


 翌朝、目が覚めて洗面所の鏡を見た。いつのまにかウサギの耳はなくなっていた。大声でバンザイを叫びたいところだった。
「かあさん、ウサギの耳が取れてるよ」
 俺は叫んだ。田中にも電話したら、田中のもなくなっていた。お互いよかった、よかった、といいあった。
 病院には学校に着いてから電話した。
「それはよかったね。でも不思議なこともあるものだね」
 と先生は、少し残念そうにいった。
 耳がなくなった以上、真相は闇の中である。ひょっとしたら、来年また誰かが同じ目に合うかもしれなかった。俺は何となくそんな気がした。
 月曜日。いつもの日常が戻ってきた。

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