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手(ショートショート)

(良い子へのお願い:食事中には決して読まないこと)
(保護者の方へ:万一お子様が吐き気などをもよおしたさいは水を飲ませるなどの処置をして下さい)

 江戸時代。相撲の巡業でえらく辺鄙な村にやってきた一行だったが、村人たちは大歓迎してくれた。それもそのはず、遠路はるばるお越し頂けないかと招待状を送ったのは村の方だったからである。
 力士20名と行事や裏方含め総勢50名が歓待を受けた。明日は勧進相撲を見せるとあって、力士20名は怠りなくトレーニングに励んでいた。
 ところがその中で一人、剛力という力士が急に便意をもよおして、厠へ向かった。まわしを外すのに一苦労しながら、付き人に厠の前で、まわしを渡すと、狭い個室でしゃがんで気張りだした。気持ちよく用を足した剛力であったが、紙がない。付き人に「紙がないぞ」と叫ぶと、誰かが自分の尻を拭いてくれているではないか。
 おや、どうしたことかと、自分のイチモツ越しに尻を見てみると、便器から手が出てきて、剛力の尻を撫でているではないか。これには豪傑で知れ渡った剛力もたまらない。
「ば、ばけものじゃあ」
 というなり生まれたままの姿で、厠の個室から出ていこうとするが、入口というか出口というか、狭くて体が引っかかってうまくでられない。入る時はスンナリ入れたのに、と思って下の方を見ると、手が今度は剛力の右足を掴んで離さないではないか。
 剛力は必死になって足を振って振りほどこうとすれど、手はガッチリ剛力の右足首を握って離さない。剛力は渾身の力を振り絞って、厠のドアをぶち破り、外に出てきた。
 ホッとして力を緩めたのがいけなかった。手が反撃してきた。グッと引っ張って剛力を便器の中に誘い込む。これはたまらんと、剛力は付き人に抱き着く。あわれ剛力、付き人、ともに厠に押し戻され、便器の中に落とされようとした。だがさすがの巨漢剛力だ。便器が小さくてとても便器の中に入ること等できない。
 だが次の瞬間、メキメキメキッと音がして、便器の横の床が落ちた。同時に剛力と付き人も便槽の中へあわれ真っ逆さまである。
 便槽の中は臭いのなんのって、蛆虫はいるわ、腐った何か文章にもしたくないようなものはあるわで、大変このうえない。しかし便槽は浅く、剛力は立てた。そのまま付き人を上に持ち上げて、救いを求めるように伝えた。
 付き人がいなくなると便槽から手がいっぱい出てきた。これには剛力も驚いて小便をちびったが、どうせ便槽の中である。それにしても、うんこのなかから花でも咲いたように無数の手が伸びてくるではないか。そして剛力の体をうんこの中へ押し込もうとする。
 そんなところへ応援がたくさんやってきた。綱を剛力に渡し、皆で担ぎ上げた。しかし手も諦めの悪い奴で、一緒に上がってきやがった。
 たくさんの手が剛力の体中にへばりついて離れない。これには親方も驚いた。
「この化け物、いったい、幾つ手があるんだ」
 すると行事の木村亥助がいった。
「相撲だけに48手でございましょう」
 お後がよろしいようで。

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