竹取物語11
長澤は、あわてて彼女の両腕をガッチリ掴み、海に向かって行こうとするかぐやを止めた。
「やめて。邪魔しないで。迎えがきているの」
かぐやは長澤の腕を振り払おうともがきながらいった。目ははるか彼方をみている。
「迎えは来ていない。俺には見えない。海に見えるのは浪だけだし、月からは何も訪れていない」
長澤は必死になってそういった。アポロが月に行ってからもう50年以上経っているのだ。何をいまさら月からの使者だ、かぐや姫だ、世の中から逃げたいだけじゃないか。
それにこのまま進めば、月どころか竜宮城の方へいってしまうぞ、それじゃあ浦島太郎じゃあないか。
「もうどっちでもいいの」
かぐやはそういった。どっちでもいい?結局死にたかっただけじゃあないか。何がかぐや姫だ、何が月からの使者か。
長澤は暴れるかぐやを、思いっきり抱きしめた。これ以上、逃げられないように。海に入って行かないように。
かぐやは突然泣き出した。大声で泣き出した。
「私、この世界にいたくなかったの。何でお母さんは私を捨てて、何で私は施設で育って、何で私はいろんなことで我慢をして、何で私は・・・」
長澤はゆっくり右手で彼女の髪を撫でてあげた。浪は母のように優しく打っていた。
涙で滲んだ瞳で、かぐやが月を見つめると、ぼんやりと何かがこちらへやってくるのが見えた。
「使者がやってきた」
長澤の腕の中、小声でかぐやがいった。長澤が後ろを振り向いた。確かに月の方から何かがやってくる。それはだんだん近づいてきて、丁度、飛鳥時代の服を着たたくさんの人々が雲に乗って、こちらにむかってくるではないか。まるでプロジェクションマッピングのように。
「まさか」
長澤の腕の力が抜けた瞬間、かぐやは使者の方に向けて走り出した。バシャバシャ海の中を走っていく。長澤はそれを追いかけようとするが、体が動かない。
「さようなら。長澤さん、ありがとう。あなたに会えたことが一番うれしかった」
彼女は振り返りながらそういうと、雲の上の人に引っ張ってもらい、とうとう雲の上に乗ってしまった。
「そんなバカな、こんなことってあるはずがない」
長澤は叫んだが、雲の集団はかぐやを収容すると、もと来た道を戻っていった。だんだん月に向かって集団は小さくなっていき、やがて消えた。
今見たことを未だ信じられず、長澤は、興奮しながら、山川忍に電話した。
「今、どこにいるの」
その質問には答えず、
「月からの使者がきたんだ。かぐやが連れ去られていった。信じられない。俺は身動きできずに、ただそれをみているしかなかった」
と興奮して喋り続けた。浪は静かで、彼の声だけが響いた。<つづく>
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