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新弟子検査(ショートショート)

 昔の相撲取りのスカウトには最後の殺し文句があった。
「お宅の子供は、相撲取りにでもならなければ、単なるデブですよ」
 これで両親も本人も納得してしまい、相撲部屋に入門することになるのだとか。
 ただ現在は太っていても、ラグビーやプロレス、柔道など他のスポーツだってある。もっとも太っていても走れるだけの体力が無ければ務まるはずもない。
 だから相撲部屋に行って1から鍛われるのが1番いい。とはいえそれは中学校を卒業したばかりの子である。現在はみんな高校大学とかに進学するので、相撲取りになるにも、ある程度の基礎体力が必要になってくる。
 そういうわけでかどうかはしらないけれど、毎年、新弟子検査は減ってきているという話である。

「これはこれは、ようこそ。本日は、新弟子検査におみえになったということでよろしゅうございますか」
「そうです。学校ではみんなにデブと馬鹿にされ虐められ、見返すには相撲取りにでもなるしかないと思ったものですから」
「そうですか、そうですか。それでは早速、身長を計りましょうか」 
 そういって案内係の親方、やけに腰が低いのは、なかなか弟子がこないからで、普段は厳しい親方なのである。
「身長162cm。基準が最低165cmだから、不合格だね。でも心配はいらないよ。頭に今からシリコンを注入するからね。それで3cm身長が高くなる。なあに、いっときの事だから」
「シリコンは禁止になっています」
 もう一人の担当の親方がいった。
「いいんだよ。目をつむってな」
 そういってシリコンの注射器をもってきて、頭に注入しはじめた。
「つぎは体重だけど、それは問題なさそうだね」
 100㎏であった。基準が65kgなので楽々クリアである。
「つぎは健康診断だね。血圧とか血液検査、尿検査だね」
 係の医療関係者がそれぞれを計る。
「血圧170」
「ちょっと高いねえ。降圧剤飲んでみて、もう一回計ろうか」
「尿検査の値がよくありません」
「なんだって」
「糖尿病のようです」
 そういわれると親方は、尿をかけたリトマス試験紙をペロリと舐めて「あまーい」といった。
 親方は名残惜しそうに若者に言った。
「残念だけど、不合格だね。体を治してから体力つけて、これから頑張ってね」
「えー駄目なんですか。僕、バカだから高校にもいけないんです。相撲取りにでもなるしかないって、いわれてきたんですけど」
「検査に合格しないと駄目なんだよ。残念だけどさ」
「じゃあいいです。肩透かしくっちゃったなあ」
「いや、今の勝負は送り出しで俺の勝ちだ」

 お後がよろしいようで。

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