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引っ越し

  棚卸を直前に控え、いきなり異動になった。福岡市から北九州市へである。その時はまさか北九州が終の棲家になろうとは思わず、僕はその辞令を受け取った。
 忙しい中、休みを1日もらい、アパートを探しに小倉へ行った。折角引っ越すのだから6畳1間1DKからもっと広い部屋に引っ越したかった。
 ダブルベッドを買おうと思った。広々と寝れる。ホテルに泊まったように。
 わりと店に近い所にいい物件があった。なにしろ北九州、怖い所というイメージがあったので、下手なところに住むわけには絶対いけない。西南女学院と東筑紫女子短大の間に住むことにした。このへんなら安全そうだ。
 3DKで3万くらいの安いマンションであった。風通しもよく、決して新しくはないが、気に入った。
 ただ駐車場が急な坂道にあり、頭から入れて、バックで、うまいごと坂道発進をしないといけない。当時、マニュアル車に乗っていた。
 店に行って挨拶すると、オープンして間もない店なのに、外の荒材売り場がシッチャカメッチャカになっていた。消防署からクレームがついて、外壁によりかかるように陳列していた木材と外壁の間を1mあけろ、とのことだったらしい。それでこんな状態になっていたようだ。赴任早々大変であった。
  引っ越しにはたまたま店に遊びにきてくれた卒業アルバム委員会で一緒だったK君に手伝いを頼み、幸い暇だったので、付き合ってくれた。一人でするより効率的に作業は進んだ。もちろん荷物は引っ越し屋に頼んだけれど、独り暮らしの1DKに大した荷物などあろうはずもない。本とエアコン、冷蔵庫、洗濯機くらいなものであった。(結構あるな)そういえば、それ以来K君とは会っていない。どうしてるかしら。

 数年が経ち結婚し、前住んでいたところの近くで、少し広めの前より綺麗なアパートに引っ越した。3LDKになった。それからまた数年経ち子供が生まれた。近くの新築マンションを買うことにした。4LDKになった。25年ローンを組んだ。借り換えをして結局28年になったが。
 引っ越しは赤ん坊がいることもあって、おまかせにした。俺は仕事を休まず、古い家から出勤し、新しい家へ帰宅した。まだ片付いてはもちろんいなかったが、新品の畳にリビング。不思議な気分がして嬉しかった。
 俺は子供を喜ばせようと、ジャングルジムを買った。部屋1つが遊び部屋になった。ジャングルジムを組み立てている最中から、子供は棒をつかんで登ろうとした。ハシゴを登るみたいに。「まだだよ、まだ」そういってせかす子供をあやした。

 その住宅ローンも終わりを迎えようとしている。長かったような、短かったような。子供ももう大人である。俺も仕事を辞め、のんびりした生活をしている。

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