雀荘徒然(広告編)

1980年代から現在に至るまでの雀荘について語る雀荘徒然です。今回は雀荘の広告についてです。


雀荘の広告

1980年代後半から2000年まで

1980年代後半は時代はバブル。世の中は浮かれ、若者たちも時給1000円を超えるアルバイトがあり小銭を持っていた。麻雀専門誌の近代麻雀(1972年12月創刊の活字主体の月刊誌、1987年廃刊)からスピンオフで刊行された別冊近代麻雀(だいたい1979年刊行、現在に至る)も隆盛を誇り、自称ながら10万部を超えた。数々の人気作品も登場し、竹書房はさらに近代麻雀オリジナル(1977年創刊、2013年12月最終号)、近代麻雀ゴールド(1985年創刊、2005年12月休刊)を刊行。

巻末カラーに4人打点5雀荘が広告を出した。広告費は、広告代理店により異なるが、カラーは1ページで48万円、1/2で30万円、1/4で20万円、1/8で10万円に消費税あたりが相場の上限だった。取引状況や掲載誌、時期により、この価格は下がる。表紙の裏などはさらに高価だった。また、雑誌の中の白黒ページだと2/3くらいであった。

また、この時期には10誌近い麻雀マンガ専門誌が雨後の筍のごとく創刊されたが、竹書房の近代麻雀3誌に質の面で大きく水をあけられ、敢え無く討ち死にするがごとく次々に廃刊となった。廃刊した各誌の広告料は、近代麻雀の半額程度だった。

それ以外の広告媒体や方法としては、スポーツ新聞、駅のポスター、バスの側面、商店街のノボリ、店の看板、窓のカッティングシート、ポケットティッシュ、サンドイッチマンなどなどがあった。

2000年から2010年まで

この時期が近代麻雀3誌の最高潮であった。4人打のフリー雀荘がどんどん増え、広告枠も増える一方であった。特に別冊近代麻雀とオリジナルは絶好調で巻末のカラー広告枠も最大8ページになり、竹書房もかなり潤っていたものと推測される。

この時期から、PCとインターネットが普及し始める。一部の雀荘でHPが立ち上がり、次々と追いかけるようにHPを持つ雀荘が増えた。中にはブログを書き、それをHPにリンクさせる店もあった。イーソーでは、僕が「イーソーマスター日記」(2012年1月30日が最後の投稿)という、仕事と私生活を絡めたものを書いていた。これは3代目くらいのブログで、10年くらい書いていた。

それ以外の広告媒体や方法としては、サンドイッチマンは見かけなくなった。


2010年から現在まで

「雀サクッ」「麻雀王国」を始めとするインターネット広告のサービスが始まった。現在はこの2強だが、「雀荘パラダイス」「麻雀一番街」(麻雀アプリとは無関係?)などなどもあった。こちらは、シンプルなプランであればそれぞれ月額で5000円から7000円と安く、広告効果も見込めることから、ほとんどのフリー雀荘は掲載するようになった。

安価なネット広告を出す雀荘が増えると近代麻雀は勢いを失い、広告枠が減少、部数減となり、先に書いた通り、ゴールド、オリジナルが廃刊の憂き目にあう。別冊近代麻雀は活字の近代麻雀は廃刊したこともあり、こちらが近代麻雀という歴史ある名跡を担って現在に至る。が、ギャンブル志向、付録DVD、グラビアなど紙面づくりが迷走しているように見える中、1000円近い価格まで高騰。Twitterでは酷評され、次号からは100円ほど定価を下げた。

イーソーの待ち席にはあるものの全く読んでいないが、青春時代を楽しませてくれた雑誌だけに続いて欲しいと願っている。天牌原作者の来賀友志さんがなくなったいま、片山まさゆきさん、押川雲太郎さんの麻雀マンガを近代麻雀誌上で読みたくて仕方がない。竹書房さん、お願いします!!

また様々なSNSがあるが、雀荘と相性が良いのはTwitterで、店舗や個人が様々な情報を発信している。この流れは当分続くと思われる。かくいう僕もTwitterを始めて4年を過ぎ、フォロワーさんが3000人を超えた。とてもとても有難いことです!!

それ以外の広告媒体については相変わらずである。アナログなものはそれはそれなりに強い。

2020年のコロナを機に、麻雀に特化したyoutuberが出現し始めた。店舗から麻雀youtuberに依頼し、動画を作成してもらいネット上にアップしてもらう。ゲスト来店当日の効果もあるが、動画アップ後もネット上に半永久的にあるため細く長く集客効果に期待できる。費用は、往復交通費と当日の日当(1~5万円くらい)となる。新しい広告の方法で、今後も注目である。



ざっくりと以上のような感じです。紙媒体が衰弱しネット媒体に移行。その中で今後注目は麻雀youtuber。そして、なんだかんだで看板や窓の広告はそれなりに強い。

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