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16の思いも天にのぼる②寿久(3)

告別式の日寿久は、クラスで一番早く式場に着いた。
 彼女が心配で彼女のことを探そうと見渡してみるが、彼女の姿は見当たらなかった。
 式が始まるギリギリに彼女は、やってきた。
 彼女がやってきた時には式場は、広の死を嘆く泣き声に包まれていた。
 式は順調に進み、みんなが次々に焼香を行っていく。
 寿久の番が来た。
 久しぶりの広との対面。しかし怖くて広の顔を見れず、どんな表情をしているのかさえ分からなった。
 寿久は願っていた。
「嘘に決まっているだろ」
と、陽気に棺の中から出てくる広の姿を。
 しかしそんな奇跡が起こるはずもなく、焼香の番が終わった。
(そう言えば、渡辺さんどこにいるんだろう)
 辺りを見渡すと、彼女は焼香を終え、帰ろうとしていた。
 寿久は慌てて後を追い、ずっと渡せなかった広からのラブレターを彼女に渡した。彼女は乱暴に受け取り、制服のポケットに入れて、式場を後にした。
(広、渡辺さんの笑顔、好きだからって持っていたりしてないよな)
 無表情の彼女を見ながら、寿久は心の中でつぶやいた。
彼女が去った後も関係者が焼香をしていく。式が進むにつれ緊張してきた。
そしてとうとう手紙を読む時が来た。大切に閉まっておいた想いを声に出した。
その堂々とした声とすすり泣く声だけが、静かに式場に響いた。
【広へ

広、お前は今何を考えているんだ? 何を思っているんだ? 
広は、周りを明るくする天才だよな。だからきっと今もこの泣き声を、笑い声に変える方法を考えているんだろ。知っているよ、俺。
 広、俺はそんなお前に何回も助けられたよ。いや、過去じゃない。今も。引っ込み思案な俺が、人前で堂々と読んでいるのは、広のおかげだよ。皮肉なもので、こんな俺の姿を一番見せたいやつは、空を泳いでいる。悔しいな。
広。俺はお前のために何かできたかな? まだ何も出来てないよな。なのに何で逝っちゃたんだ。俺ばっかり助けられてそんなの不公平だよ……。
不思議なんだよ。これを書いている今、まだ広が生きている気がしているんだ。式当日に、いつもみたいに、おちゃらけてさ、棺の中から出てきそうな気がしているんだ。
それに俺はお前に文句があるから、出てきてくれないと困るんだよ。出てこないならみんなの前で文句言ってやる。
広、お前がいつも周りを明るくしていたのは、本当は自分が寂しがり屋だからだよな。   
その寂しがり屋のせいで、俺は寝不足なんだよ。毎晩、毎晩電話してきて、本当に俺のことも考えてくれよ。でもな、来ないのは、来ないので寂しいんだよな。だから急に電話かけてくるの止めるなよな。
俺は、広が逝ってしまったこと本当に信じられないんだ。だから、この手紙を書いているのも不思議でならないんだ。
でもさ、多分これから少しずつ実感していくんだと思う。
 楽しいことがあって、広と笑おうと隣を見た時、嫌なことがあって広の机を見た時、舌足らずの俺のフォローを誰もしてくれない時、そして夜の電話が何日、何ヶ月、何年も来ない時、俺はやっと気づくんだと思う。広が逝ってしまったことに……。そして広という存在の大きさに。
 悲しいけど俺、広が逝ってしまったことを少しずつ受け入れていくんだよ。だって、広は、それを望んでいるはずだから。
 最後に、俺はお前が大好きだ。俺の唯一無二の親友だ。このこと絶対忘れんなよ。
 俺の日本語はどうだった?主語だってきちんと使えるんだぞ。本気を出せばこんなもんさ。
 だからもう俺の心配、しなくてもいいよ。ゆっくり休んでね。
 それじゃあまたな。
                                   松本寿久】
 告別式は静かに終わった。
 お別れの会が始まり、広との最後の別れの時がやってきた。
 寿久は手紙と共に花を添えた。
 広は相変わらず綺麗な顔をしていた。だけど表情のないその顔を見ると、涙が溢れそうになった。
 涙をぐっと堪えて、広の顔を目に焼き付けた。
 花を添え終えると、いつ戻って来たのか。近くに彼女がいた。
 そして手紙のお礼を言い、広が惚れた笑顔を見せた。
(あの手紙読んだのかな。何て書いてあったかは知らないけど、彼女の笑顔を取り戻せるのはやっぱり、広、お前なんだな。ごめん、広実は俺もあの笑顔にやられた一人なんだ。たぶんだけど、勇気がなかっただけじゃなくて、だから渡せなかったんだ。やっぱり広には敵ないわ)
 寿久は複雑な気持ちで、彼女に微笑み返した。
(でも安心しろ。俺とお前じゃ、全く違うタイプの人間だから。渡辺さんが俺に惚れることはないし、渡辺さんをあの顔に出来るのもお前だけみたいだから)
 棺を閉める音が静かに鳴った。その音が、別れの音ではなく、二人の友情を堅く結ぶ音だと信じて、寿久は耳を傾けた。
 しっかりと胸に響くように。
(広、俺強くなるからな)
 寿久は、澄んだ空を見上げた。まるで広の心のように、雲一つない空だった。
その空は寿久の想いを全て包み込んでくれそうな気さえ、起こさせた。
(広、お前は俺の最高の友だちだ。これからもずっと。生まれ変わったらまた会おう。その時は、今よりずっと一緒にいような)
 寿久は、無意識のうちに両手を空へ上げていた。
式場を去っていく広が、その両手に手を重ねて微笑んだ。
(広、俺十六にして、友だちの良さを知ったよ。お前に、俺が感じたこと教えてやりたいだからまた会ったその時、教えてやるよ)
 去っていく広に小さく手を振り、
「またな」
と、つぶやいた。

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