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16の思いも天にのぼる⑤大輔(1)

 井上大輔は、広を嫌う人の1人だった。おそらく一番と言っていいほど、広を嫌っていた。
 全校集会で広のことが伝えられた日、大輔は遅れて学校へやってきた。
学校についたのは、全校集会が終わってからだった。 
 大輔の日課は教室に着いたらまず、広の机を見て、広が学校へ来ているかいないか確認することだった。
 広が嫌いな大輔にとって、広がいない日は幸運であった。
 顔を見なくてすむからだ。顔を見ると、ワナワナと怒りが自然と湧き出て来る。
 広の机に目をやると、そこに広の姿はなかった。
 教室を見渡し、広の彼女の席を見ても広はいなかった。
(やった。今日、湯本休みだ)
 大輔は心の中で喜び、にやにやした。
 しかし、すぐにクラスの雰囲気がいつもと違うことに気づき、広への関心は、教室へと動いた。
 すすり泣く声。
ひそひそ悲しみに溢れた声。
 今確実に大輔は、クラスで浮いていることを自覚した。
 近くにいたクラスメイトに話を聞こうとしたその瞬間、教室に担任が入ってきた。
 そして今日の全校集会の話を始めた。
(今日、臨時の全校集会だったんだ。湯本はいないし、全校集会には出ないですんだしめちゃくちゃついているかもしれない)
 心の中で喜んだ。
 担任の話を聞いて、そのニヤつきが真顔へと変わった。
「全校集会で話があった通り、昨日、湯本君が交通事故に遭って、亡くなったことでみなさん動揺していると思いますが、落ち着いて聞いてください。」
 そう淡々と話す担任の目は、赤くなっていた。
(湯本が亡くなった)
 豆鉄砲を食らった気分になった。
(湯本は昨日もクラスのやつらに囲まれて、笑っていたよな。どうゆうことだ。交通事故ってどういうことだよ。風邪で休みなんじゃないのかよ)
 大輔は混乱した。そしてもう一度、無人の広の席を見た。
 今度は、笑みがこぼれなかった。
(俺が、一度でも心の中で死ねって願ったからなのか)
 広を嫌いで、よく心の中で死ねと言っていた。しかし本当に死んでしまったということに、驚きと戸惑いが容赦なく大輔を襲った。
しかし少し喜ぶ自分もいて、複雑な気持ちになった。
 日頃から友だちに広の悪口を言っていたが、いざ死ぬと受け入れられなかった。現実ではないような気がしていた。
 小学校からの腐れ縁で、広がいるのが当たり前の生活だった。
 しかし、広が死んで自分が嫌な思いをしないですむと思うと、喜ばずにはいられなかった。
 担任は、まだ話を進めているが色々と思考を巡らせている大輔の、耳に届いていなかった。
 紙が前から回ってきて、やっと我に返った。
 どうやらこの用紙に、広へ最期の手紙を書くらしいことが、周りの反応で分かった。
(普段から悪口言っている俺が、どんな手紙を書けばいいて言うんだ。しかも喜んでいるんだぜ)
と、自問自答をした。
 広がいない教室に違和感と何とも言い表せない気持ちで、何事にも集中できず、そわそわした気持でいた。
今まで味わったことのない複雑な気持ちだった。
ため息をつきながら、授業中も活気のないクラスと頭に入って来ない教科書を交互に、目だけ動かしながら見た。
一緒に悪口を言っていた友だちも、今や広が好きだったかのように目をはらしている。
その態度の違いに単純だなぁと思った。
そして朝も感じた、クラスで浮いている感覚がした。
今や他の人は元から広が好きで、悪口を言っていたのは自分だけで、悲しんでないのも自分だけ。
そんな疎外感を感じた。
休み時間、昨日まで一緒にいた友だちは大輔の所には来なかった。
大輔は机に突っ伏して、ちらりと腕の隙間から、友だちの様子を盗み見た。
他のグループの人たちと話して、たまに鼻をすすっている。
(なんだよ。昨日まであんなに悪口言っていたのに。手のひら返しちゃって。何か死ねば一層人気者になれるのか。……俺が亡くなったら多分そうならないかっ)
 鼻で笑った。自分と広との人間性を比べられているような気がした。
(でも凄いな。みんなの切り替え。俺は昨日まで悪口言っていた相手の仲間と話せるような、度胸も優しさもない)
 自分が惨めすぎて、ため息ばかり出る。
 その日、大輔の元に来た友だちは誰もいなかった。

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