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16の思いも天にのぼる②寿久(2)

寿久はとぼとぼと教室へ向かった。席に着くと顔を腕にうずめた。
(広、いつもみたいに、教えてよ。死ってなに? いったい何なんだよ)
 しばらくの間、自分の世界に閉じこもった。それからちょっとして、広のいなくなった異世界へ戻った。
 顔を上げて辺りを見渡すとクラスの人達は、円を組んで泣いていたり、机にうずくまって泣いていたりしていた。
 ふと、広の彼女の方へ目をやった。
彼女が朝、少し暗かったことを思い出したからだ。
(渡辺さん、知っていたんだ)
 彼女は泣きもせず、まっすぐ前をじっと見つめている。
 その姿に魅了された。寿久にはその姿が、愛しい人を待っているように見えたからだ。
 そんな入学彼女を見ながら、入学式の日のことを思い出した。
「寿っ。俺ついに好きな人が出来たんだ」
 入学式が終ると同時に、広が寿久に囁いた。
「本当に? だれ? 」
「あの子。何かいいだろ。さっきあの子が友だちと話して笑っているのを見てさ、何か笑顔にやられた。一目ぼれしちゃったよ」
 珍しく照れながら、小さく広が指さす方で、人形のような綺麗な子が笑っていた。
「俺、決めた。あの子にラブレター書く。今、すぐ」
 広はやる気満々だ。そんな様子を見て寿久が言った。
「初めてで書くの? 今日? いるかもよ。」
「恋人がいるか関係ない。好きなもんは好きなんだから。それに初恋だからこそ、アタックせねば。いつ人はどうなるか分からない。だから出来る時に想いは伝えなきゃ、だろ。善は急げ、って言うだろ」
 張り切る広を横目に寿久は、溜息交じりに言った。
「そう。まぁ、関係ないし。それにさりげなく演技悪いこと言うなよ」
「だって、どうなるか分からないのが人生。そして、手紙を書くにあたって、関係しているんです。寿久君は」
 広が上目遣いをして寿久を見た。
「な、何だよ。気持ち悪いな。関係しているって、どういうこと? 」
「ずばり、手紙を渡すのは、君だからだよ」
 広はそう言って、得意げに寿久を指さした。
「ちょ、ちょっと待てよ。何で? 」
 あたふたしている寿久に、広が力強く答えた。
「俺が、シャイだからだ」
「そんな理由で。しかも、えばって言うな」
「お願い。友だちだろ。今日書いてくるから、明日渡してくれよ」
 広はそう言って、寿久の腕をすりすりした。
「だ、だから気持ち悪いって。分かったよ。仕方ないなぁ」
 あきらめ半分に、寿久は承諾した。
(そう言えば、あの時の手紙、結局渡す勇気がなくて、渡せなかったんだよな……本当だなぁ広。人はいつどうなるか分からないって。まぁそう言った本人がどうにかなっちゃダメだろ)
 色々思い出しながら、今更になって、手紙を渡せなかったことを悔やんだ。
 でも最初は彼女に魅了されていたが、うろたえない彼女を見ているうちに、
(本当は、広が死んだこと悲しくないんじゃないかな)
と思い始めていた。そして手紙を渡さなかったことを正当化するために、
(あんな子に渡さなくても良かったんだ)
と開き直ることにした。
 でもすぐに広の言葉を思い出して、彼女がもがいていることに気がついた。
「美奈子ってさ、悲しいことがあると、それを悟られまい、受け入れまいとして、必死で冷静でいるふりをするんだよね」
(そっか、渡辺さんは今……)
 一瞬でも彼女を責めた自分が恥ずかしくなり、ぎゅっと拳を握りしめた。
 それからしばらくして、担任が教室に入ってきた。
冷静さを装いながら、淡々といつもの業務連絡をする時のように、通夜や告別式の日程をみんなに伝えた。
「通夜は、近親者のみで行うそうだ。通夜の他、お告別式と行お別れの会もあるそうだ。告別式とお別れの会は、みんなも参加できるらしい。お別れの会は人が多く来るかもしれないとのことだ。そこでお別れの会では特別なことはできないが、告別式では湯本君に手紙を読む時間があるそうだ。ただ全員というわけにはいかないから、代表者に一人に手紙を弔辞として読んでもらおうと思っている。ちなみに手紙は代表者以外の人たちにも書いてもらうつもりだ。だれか、代表で読みたいやついるか? 」
 担任のその問いかけに、一人の女子が瞬時に彼女を推薦した。クラス中も賛同した。
 しかし彼女は断った。何となく寿久は彼女が断ることが、分かっていたので彼女が悪く言われる前に手を挙げて、
「やります。えっと。やりたいです」
と言った。普段はおとなしくて、引っ込み思案寿な久が大声で言ったので、担任はやや驚いた。そのためしばらく間があってから言った。
「それでは、松本君よろしく。」
 寿久自身も驚いていた。自分にこんな勇気があったということに。
 家に帰ると、自分の部屋に閉じこもり、広との思い出を噛みしめた。
 思い出しながら、まだ信じられないでいた。
思い出せば思い出すほど、無情にも広の存在が濃くなっていき、明日会えるのではと考えてしまう。
 だらしなく横になり、天井の一点を見つめていると、涙がほほを伝わった。
 強く乱暴に涙を拭うと、立ち上がり机に向った。
縦線が入っただけの便箋と対面した。左手に鉛筆を持ち、次々に黒い線を引いていく。文才のない寿久にしては、びっくりするほどの速さだった。
 書き始めて三時間後、ついに手紙が完成した。短いけれど、広への確かな想いを受け取った紙は、静かにその想いを抱いて、封筒の中へ入っていった。

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