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16の思いも天にのぼる ①美奈子(2)

 心身ともに疲れていたらしく、そのまま広とのプリクラに包まれながら、眠りに落ちていった。
 目覚めると、外がほんのり明るくなっていた。
 時計が五時を知らせた。
 眠りが深く、結構寝た気でいたが、二時間弱しか寝ていないことに驚いた。
 ぼんやりとした頭で昨日のことを思い出した。
「そうだ、広」
 亡くなったことが嘘だと願いながら、携帯を見た。
 検索したままになっていた葬式屋の位置と道順が映し出されていた。
 悔しくて苦しくて、呼吸が荒くなった。
 美奈子はベッドの中で、一日中くるまっていたいと思った。だけどそうしていると、広に悪い気がして、気分を変えようと顔を洗いに行った。
 洗面所に行くと、いつもよりだいぶ早い時間帯に来たことを驚いた母親が、どうしたのと、尋ねてきた。
 美奈子は自分でも驚くか細い声で、
「目が覚めただけ」
と言った。母親は不審な顔をしながら、続けて聞いてきた。
「昨日、もう今日ね。真夜中に家出なかった? 玄関開ける音と、自転車の音がしたんだけど」
 母親って鋭いと思い、口に出したくなった言葉を生み出した。
「うぅん。広がね、亡くなった」
 母親はそれを聞いて、もう深く聞いてこなかった。母親の何気ない優しさを、感じた。
「朝ごはん、顔洗ったらもう食べる? 」
 いつもと変わらない話し方で、聞いてきた。
「うん。軽くていいよ」
 美奈子は笑顔を作った。顔を洗って、自分の顔を鏡で見つめた。
「ここ一で、不細工」
 ため息交じりに、微笑んでみたが何ともこっけいな顔がこっちを見てきた。
 制服に着替え、食卓に行くといつも通りの風景がそこにあった。
 母親は慌ただしそうに動き回り、父親は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
 美奈子に気が付いた父親がにっこり微笑みながら少しぎこちなく挨拶をした。
「おはよう」
 父親の感じから、母親から聞いたことがうかがえた。
 両親は広のことを気にいっていて、広は度々家へ遊びに来ていた。だから二人の心中も穏やかではないのだろうな、と美奈子は思った。
 それでも美奈子のことを考えて二人は、いつも通りにしてくれていることが、ありがたくも、苦しくもあった。
 席に着き、食パンに思いっきり食らいついた。が、のどがきゅっと閉まり、飲みこめない。牛乳含んで、何とか飲みこんだ。
 美奈子は牛乳だけ飲むと、学校の用意をした。
「お母さんごめんね。せっかく朝ごはん用意してくれたのに残して」
 用意をしながら、明るく言った。
「いいのよ。気にしない、気にしない」
「ありがとう。……お父さんもありがとう」
父親は気を使わせないようにと努めていたが、逆に気をつかわせてしまったことに悲しくなった。
「今日、休んでもいいんだぞ」
「ありがどうお父さん。私大丈夫だから。そろそろ時間だから行ってくるね。行ってきます」
 家の扉がいつもより、重く感じた。
 美奈子は自然と広といつも待ち合わしている場所へ向かった。何も考えていなかった。
 少し待ち合わせの場所で中々来ない広のことを待った。
 少し経って、昨日葬儀屋のベッドで横たわっている広が頭をよぎった。
(何しているんだろう私。広は今日寝ていて来ないんだった)
 〈今日から〉ではなく〈今日は〉と自分に言い聞かせ、何事もなかったかのように平然を装い、顔に仮面を付け、背筋をピンと伸ばしで学校へ向かった。
学校について、いつも通り、教科書等をしまっていると放送が流れた。
どうやら臨時の全校集会があるらしい。広の話だと思いながらも、違っていて欲しいと僅かな期待を抱きながら、体育館へ移動した。
全校集会では案の定、校長先生から広の訃報が告げられた。
受け入れたくない自分とそでない自分が拮抗していて、校長先生の話なんて聞いていられなかった。
 だが美奈子は平然を装いながら、全校集会の間ずっと前を向いていた。
 教室に着くと、涙する級友たちがいくつかの円を作っていた。
 美奈子はその中に、入らなかった。はなから、涙なんか出なかった。
 涙を流したら、広の死を受け入れてしまう気がして怖かった。
 昨日見た、葬儀屋での広はまだ生きている様に感じていた。ただ寝ているだけ。
 美奈子はすすり泣く声がうっとうしくて、広のいない教室が寂しくてもどかしかった。だが現実は残酷で、広が亡くなったことは本当だと突き付けてくるように、ホームルームで告別式の話になったり、お別れの手紙を書くように言われたり、翌日には机に花が手向けられたりと、死から逃れられなかった。


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