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【発狂頭巾アニバーサリーシリーズ】狂気の除夜に鐘音を聞いた

以下は発狂頭巾合同誌『狂うておるのは我らではないか!』で頒布されたものの再掲です。

(これまでのあらすじ:目の前で家族を殺されたトラウマ(妄想)が八百八個ある狂った同心の吉貝は、平賀源内に脳内エレキテルを埋め込まれたことでトラウマを抑制し、日常を取り戻した…かに見えた。
だが、江戸の狂騒は今日もまた、吉貝の脳内を搔き乱さんと渦を巻いていた……)

師走の海、太平洋。大晦日。

江戸の町を目指す一隻の大型船あり。
帆には「山」の字を囲う丸印。漂う潮風が柑橘の甘酸い匂いを運ぶ。

船首に立つ人影一つ。羽織る法被にはやはり山の字を囲う丸印あり。

「ククク…」

笑みを漏らし、俄かに背後を振り向く。

七色の光を浴びながら脇に吊る袋を揺すった…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「てぇへんだ!てぇへんだ!」

今日も詰め所にハチが飛び込んでくる。おかげで吉貝の詰め所に閑古鳥が鳴くことはない。

「吉貝の旦那!聞いてくだせぇ!源内先生が『恵比寿袋』を修復したってんですよ!」

「ん、な…何!?」

火鉢に手を当て、いつもは気だるそうに聞き返す吉貝。だが、この日ばかりは驚嘆の声を上げた。

「それは本当か、ハチ!」

「へぃ!こちらへ!」

二者は足早に源内邸へと足を急がせた。冷えた風が出刃包丁のように乾いた肌を刺す。そこかしこの長屋で正月飾りが付き始めており意地でも冬の到来を知らせた。

『恵比寿袋』。それはこの江戸で知らぬものなど無き神器だ。そしてそれは読者諸君にも聞き覚えのあるはずである。

神か仏が遣わしたか江戸の町、江西寺へ雪の降りしきる夜明けにその袋は舞い降りたという。

『恵比寿袋』は籾殻が詰まった絹袋だ。そして当然のように、それは奇妙な妖気を宿していた。なぜなら、その袋は手を差し入れたものの願いを須らく救い受けたからだ。

もうお気付きだろう。

そう!それは数日前、吉貝こと発狂頭巾があの聖夜に髭翁と空中戦を繰り広げた時に苦戦を強いられた悪しき遺物である!

無論、当時の激闘の狂声は寒風に掻き消され、今となって吉貝のみに知る者はない。

だが、良きも悪しも使い手次第という言葉があるように袋の新たな主人、江西寺の和尚である江西和尚は善行に努めた。行き倒れに手を伸ばさせれば温かな握り飯が、押し入ったはずの野党が手を突き入れれば母からの文を…困った者、食い詰める者を招いては教えを説き、救ったのである。

しかし、そんな和尚の意に反して民衆は愚かであった。噂を聞いた江戸中の民衆が江西寺に押し寄せたのだ。
そのあとの顛末は自明の理。多くの民の欲を叶えた袋は籾殻を吐き出し潰れ、数日と持たずたったの数刻でただの襤褸の絹袋となり果ててしまったのである……。

「先生!源内先生!」

源内邸の襖を開け、ハチが飛び込む。
源内先生と呼ばれた初老の老人は驚くことなく振り返った。周囲は訳の分からぬ木造の絡繰りが所狭しと置き散らされ、何とか足の踏み場があるかといった有様だ。

「おぉ、ハチか。それと…」

「御免。源内先生」

遅れて入った吉貝が会釈する。

「吉貝だな。おぉ、おぉよく来たな、よしよし。女中にでも茶を出させるとしよう」

「へぇ、スンマセン…ええと」

「先生、これがあの『恵比寿袋』か」

開口一番、吉貝が源内の正面に鎮座する継ぎはぎだらけの膨らんだズタ袋を指し示す。

「おぉ、おお!そうじゃそうじゃ!なに、江西の小童に頼まれてのう!不肖この源内が手を貸してやったわけじゃ!カッカッカ!」

「江西の和尚が小童…って先生何歳なんです!?」

「たわけ!細かいことなど気にするな!」

そう言うや源内は恵比寿袋に手を差し入れ、引き抜いた。するとどうだ、源内の手にうまそうな酒饅頭が握られているではないか!

「それよりほれ、どうよ!見てみぃ、ワシの願いし物が手の中に出たぞ!完全復活じゃ!」

腕に張り付いた籾殻を振り払いつつ、したり顔で吉貝らを見る。

「クックック…しかしこの『恵比寿袋』、全く凄まじきことこの上無かったわ。その実、只の籾殻袋であったのだからな!」

酒饅頭を一口齧り、女中が運ぶ昆布茶を一息で飲み干し息を漏らした。
目を凝らせば周囲のガラクタに混じり親指程に短い蝋燭が幾多も転がっており、源内の両目にはクマが深々と刻まれている。その様子から、今回ばかりは源内も徹夜続きで作業に没頭したことは容易に想像が出来た。

「すげぇ…完璧じゃないですかい!」

「成程。どれ、俺も一つ……?」

「むふぅ、どうじゃどうじゃ?すごかろう?しかも今のコイツはァ……あ?」

「旦那?先生?どうしたんですかい?……ありゃ?」

おもむろに吉貝が恵比寿袋に手を入れ、引き抜いた。だが、その手にあったのは…

「…牡蠣殻じゃと?吉貝、お主、そんなゴミを願ったのか?」

源内は困惑の表情で吉貝に問う。しかし、吉貝も同様の表情を浮かべていた。

「違う、俺も源内先生と同じ酒饅頭を取ろうとしたぞ!」

ぽたり。源内の額から大粒の汗が一筋流れ、畳へ落ちた。

「は…はは……し、失敗。失敗だと…?そんなバカな!」

勿論源内も吉貝が嘘を言わぬことなど百も承知であった。即ち、それが意味するものは修復の失敗を指す!

「ばば、ば、バカなバカな…バカナーーーッ!!」

「源内先生!?」

極度の緊張感に不眠が拍車をかけ、源内が頭を狂ったように振る!ああ、花の江戸、その最たる頭脳を持ってしても遺物の修復は叶わなかったのか!?

「なんたる…なんたるうつけ…ワシはうつけじゃ!無様!自身の腕を過信した大馬鹿者じゃーーーーーッ!!」

源内は泡を拭き倒れた。その刹那、源内邸に一人の同心が転がり込んできた!

「おいキチガイ!…じゃねぇ、吉貝!同心の吉貝はいるか!?」

「あ…旦那の同僚同心の…」

「おぅハチ!やっぱり手前もいやがったか!」

「おう、同僚の。どうした?おヨネの墓参りなら先日済ませたばかりだが」

「なにしらばっくれてやがる!2人とも護衛の任が今日はあったはずだろ!?」

「フム?左様な事など聞いておらぬぞ?」

「任?……あ、あぁッ!!」

「ハチ!?またやりやがったな!!」

「す、すいやせんっ!」

「あぁ!もういい、行くぞ」

「ところで、同僚の。護衛というが何を守るのだ」

「同僚のってお前…あぁ、蜜柑船の積み下ろしだってよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「エッホエッホ」
「ヨイショォーッ!」
「フンッ!フンッ!」

江戸湾。その港の一つに人だかり。野次馬が群れを成す。
木箱の荷下ろしを遠巻きに見る野次馬の目的は皆同じ、『山本蜜柑船』の拝観である。
船体の3分の1を純金で拵えたと言われる姿はまるで動く仏壇か神輿のよう。あちらこちらで目を眩ませて倒れる人が出ては担架が行き交う。

「すげぇ…」
「さすが山本御大臣だぜ」
「見ろよあの木箱の数!蜜柑を山ほど積んでるんだぜ!」

「ホハハハハハ!ドーモドーモ!皆の者、年の瀬にこの山本めが旬の蜜柑を運んできたぞい!!」

陽光を背に蜜柑船の船頭に立つ棟梁が声を張る!でっぷりと肥えた腹を揺すり、身に羽織るは山の字を囲う丸印の法被!彼こそが今、日出る国の大成金、その名は「山本五郎左衛門」!

「ヨイショーッ!」
「ヨイショーッ!」

蜜柑の大名行列がゆく。
台車に積まれた木箱は街道を抜け全て余すことなく江戸城へと献上されるのだ。
今年の江戸は蜜柑が不作であり味も悪かった。そのため、台車と市民と遮るべく同心や岡っ引き達が間に立ち警護に努めていた。

「ヨイショーッ!」

「モムモム…ふあぁ、暇だ」

吉貝は木の根を噛みつつ大欠伸を漏らす。

「…………ハチ!ここは一つ芝居でも見にゆかぬか?」

「バカなこと言ってんじゃありませんよ、ホラ、旦那の同僚がこっち睨んでますぜ」

「ホゥム…ふぁ、誰が好き好んで蜜柑を警護するんだか…ン、ア…ふわああぁぁぁ」

吉貝は目を擦り、噛んでいた木の根を口から引き出し俄に放り投げた。そこへ台車の車輪が道端に落ちた木の根を踏み小さく揺れる。やがて…

ガタッ、ガシャンッ!

「アイエエエエッ!蜜柑が、蜜柑がァァッ!」

荷崩れ!周囲にオレンジの球体が弾けた!

「「山本様の蜜柑!」」「「拾え!」」

台車からずり落ちた木箱が割れ、コロコロと蜜柑が転がり、山本の組員が取り乱す!将軍様に献上する蜜柑に欠けがあってはならぬ。ゆえにこの台車の組員は明日にでも腹を切って詫びを入れねばならないだろう!

転がる蜜柑を拾う民衆、それを止める同心達、失禁する台車組員をよそに歩みを進めるほか台車組員。一瞬で街道はカオスに包まれた!

「………」

「あー、旦那」

カオスを人ごとのように2人は立ちすくむ。

「…………」

「……そ、その…旦那」

「……ハチ」

突如吉貝から発された濃密な殺気を受け、ハチはビクついた。

「へ、ヘイッ!?わ、分かってますって!このことは内密に」

何らかの行使が起こるだろうとハチは身構えた。だが、吉貝は何もせず、目の前を指差しただ一言だけ漏らした。

「あれは…何だ?」

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すでに太陽は地平線の向こうに落ち、江戸の街に夜の帳が落りている。
いつもなら点々と飲み屋の提灯に灯が灯る程度であったが今宵は違う。大晦日ならば尚の事だ。

『なべ焼きうどん』
『飴細工』
『鮨』
篝火が盛大に焚かれ提灯が通りを照らす。所狭しと屋台が街道に並び立ち子が親を、親が子の手を引き笑い、年の瀬を祝った。

吉貝は手ぬぐいを面頬のように顔に巻きつつ長屋の影を縫うように走っていた。
その顔は脂汗に塗れた狂気の形相であり、愛刀『魔地吉』を抑える利き手と逆手にはハチの手を引いている。
かなり多くの路地裏を駆け抜けていたのだろう、ハチの体には擦り傷や青タンが所狭しとついていた。

「ヌ…ギョワーッ!」

吉貝が眼前の仕切り板を蹴り破った。衝撃に煽られた小石が跳ね跳び、ハチの頭部を強打した。

(ハチ、俺は今夜江戸城に攻め入る)
(ハイハイ……はい!?)

それはつい先程までの光景が走馬灯めいて再上映を促した。先刻の護衛の任を終えて以降、吉貝は落ち着きなく恨み辛み(妄想)を繰り返した。

(蜜柑だ。蜜柑を届ける。あの日、年の瀬におヨネと契った約束だ…だが、それもこれもあの大名を気取る紛い蜜柑の所為で!年を越すことが、初日の出を共に迎えることが出来なかった…ウッウッウッ…おヨネよ、すまぬ…すまぬ…)

吉貝の狂気は民衆の興奮度に比例して乱高下をするのが常であった。だが!今宵のような狂気は度を越していた!十年近くハチが相棒を務めるがこんな事は初めてである!
まさかお上の根城である江戸城を攻め入るとは!?

「おのれ…山本…何がお大臣だ、田舎狸めが…好きにはさせん!」

ビョウ!

吉貝は長屋の壁伝いにトライアングル・リープを繰り返し、大きく跳躍!次の瞬間、頭部には狂気の紫頭巾が包まれ、吉貝は発狂頭巾と化した!

頭上の満月が2人を照らし江戸の町に影を落とす。目と鼻の先には江戸城正門!

「……あれは!?」

発狂頭巾の脳内エレキテルが活性化し、正門横に駐車された下品な純金駕籠を視界にズームアップされる。口角が吊り上がる!

「あ…曲者!?」
「オイッ!止まれッ!」

屯していた門番が制止するも聞く耳なし!

「ギィィ…ギョワーッ!」

空中で大きく両手を振りかぶり一刀閃断!
名刀魔地吉とタガの外れた剣筋が干渉し極大のカマイタチを発生!正門を駕籠ごと断刃、粉砕!門番が、投げ出されたハチが、発狂頭巾以外の全てが吹き飛んだ!

「ギョワーッ!」

発狂頭巾は受け身を取り、転がりながら入城!


「ホハハハハ!ホハハハハ!」

江戸城の宴会場に下品な笑い声が響く。
声の主は無論、山本だ。

将軍専用の上座にただ一人居座り豪勢な料理に溺れ続ける彼は酒を煽る。
傍で恭しくこうべを垂れる江戸のグレーター役人や将軍家臣に七色に輝く蜜柑を投げよこした。役人はそれを受け取るや否や狂喜し、部屋を出て行く。

「ホッハハ!無礼講無礼講よのォ!」

山本はその光景を肴に樽酒を飲み干し寿司桶を傾け盛大に頬張った。

異様な光景である。

なぜ宴会場に山本だけが鎮座をしているのか、なぜ蜜柑が七色に光り輝いているのか?なぜ山本以外の声が一つも江戸城からきこえてこないのか?

いくら年の瀬といえども不穏を抱かないのはおかしいと言えよう!

何かが…起きている!

「……ーッ!」

ミシ…

「…ム?」

山本が空の寿司桶を放り投げた時、微かに城が揺れた。

「……ョワーッ!」

ズン…

静寂が訪れ「ギョワーッ!」

CRASSSHHHHHHHHHH!!!

十重二十重にまで閉じていた襖が一斉に弾けた!

「ほお、なんじゃぁ?貴様」

突然の乱入者にも山本は怯まず、どこか楽しむ様子で発狂頭巾を見据えた。

「問答無用。貴様は俺とおヨネを咲いた元凶ゆえ、切る。それだけだ」

「ホッホッホ!成程、狂人…か」

「狂人だと…」

発狂頭巾は山本の背に積まれた七色の蜜柑を刀で指し示す。

「では貴様は死神だ。悍ましき果実で人を狂わせておいて微笑う。外道め!」

「何、まさか貴様」

「ギョワーッ!」

発狂頭巾が駆け、斬りかかる!
跳び、大きく両手を振りかぶった!

「ヤメローッ!」

山本は両手を掲げ、発狂頭巾の刃が届いた。鈍い金属音が鳴り響いた。

「ギョワ…何!?」

発狂頭巾は目を大きく開き驚愕の表情を浮かべる!

「ヤメロ、ヤメロ…ホハハハ。やめておけぃ!」

山本はクロスした腕を押し開き発狂頭巾を押し飛ばす!両手にはいつの間にか青く輝く二振りの刀が握られているではないか!

「臭うぞぉ…ホハハ、同じ臭いだ。この山本と同じ!」

見よ、瞳を!両眼に青い光が強く輝いている!
賢明なる読者諸君は知っているはずだ!

そう、『発狂頭巾アトミック』で吉貝が使っていたウラン刀である!

何故山本がこの力を!?

「面妖なものを」

怯まず発狂頭巾は突貫!対する山本は光の失せた一振りを捨て応戦!

「ギョワーッ!」
「ホハハハハ!」

闇夜を照らすウラン刀と魔地吉がぶつかり合う。両者が拮抗したかに見えたが…

「ギョ、ヌグウゥッ!?」

山本の発するチェレンコフ光に焼かれ発狂頭巾が苦悶の表情を浮かべる!瞬間、山本の強烈な蹴りが刺さる!

「グァーッ!?」

吹き飛ぶ発狂頭巾を尻目に山本はナマクラとなった刀を捨て、手を叩き合図を出す!

「かかれぃ!」
「ハハァーッ!」

天井裏より虚な目の組員が飛び出、手にした獲物で蜜柑の山を崩しに掛かる。山本は腰の袋を掲げた。

「ホハハ!狂人よ、この山本の力を特別に見せてやろうて!」

組員が七色の蜜柑を袋目掛けて投げた。
するとどうだ。袋が震え後光を放ち始めるではないか!

「どおれい!」

山本が両手を突っ込み、引き抜く!

「さ、させる…かァッ!」

発狂頭巾が跳躍し、仕掛ける!

「ホハハハハ…来たぞワシの力!」

山本が右手の獲物で迎え撃ち、左手に掴んだ茶筒を口にし、傾けた!

「ギョワーーーーーー!!」
「ギョワーッ!」

発狂頭巾と山本の獲物が激しくぶつかり競り合う!瞬間、狂気の悲鳴が共鳴し、この世のものとは思えぬ音が空間を支配した。

「ぐ…ゴボウだと、ふざけているのか!」
「ホハハーッ!ゴボウでは無い…マンドラゴラだ!」

山本は片手間に茶筒の中の液体を飲みながら答える!然り、それは見紛うことなき抜マンドラゴラ術に違わぬ!

「ギョワーッ!!」
「ギョワーッ!!」
「ギョワーッ!!」
「ギョワーッ!」
「ギョワーッ!!」
「ギョ、ギョワーッ!」

刀とマンドラゴラが鎬を削り恐るべき狂音が渦を巻く。
それだけではない。茶筒を傾け、液体を飲み干すほどに剣筋が鋭利になるではないか!?

賢明な読者諸君はその現象を知っている!
酒を飲むたびに強くなる剛零(ストロング・ゼロ)の剣術そのものである!

正体の掴めぬ山本の攻撃に発狂頭巾は防戦一方を強いられていた。狂気は十全にみなぎってはいる。だが空回りするかの如く調子を狂わされてしまうのだ。

「ホハ、ホヒャヒャヒャーッ!!!」
「ギョワアアアァァァーーーッ!」

両者は飛び離れ大きく飛び込み、切り抜ける!

「ヌ、グァッ」

だが発狂頭巾は全身を血に塗れ膝をつく。肩で息をし、刀を杖にしてやっとの状況である。

「ホッハッハ!弱敵!じゃくてーーー」

その時!山本の額から血が噴き出した!

「グアッ!?ま、マズイ時間切れだと!?」

山本はテニしたゴボウと安酒を放り出し蜜柑のもとへ走る!これは一体!?

「旦那、旦那ーッ!!」

同時に宴会場に飛び込み発狂頭巾に駆け寄る人影あり!ハチである!

「ハチ!?今までどこにいた!」

「それは後にしてくだせぇ!源内先生から…これを!」

ハチは手にした袋を差し出す。『恵比寿袋』である!

「だがしかし…いや、名案だハチ!」

一瞬の逡巡。しかし他に方法は無い。奴に時間を与えてはならぬ!

「ええい!」

手を入れ、引き抜いた!
発狂頭巾の手に握られたのは…南無三、動物の骨である!

「そんな…」

ハチが嘆息を漏らす。発狂頭巾は籾殻を払うことなく骨を見つめ続けた。

ゴウッ!!

2人を凄まじい熱風が舐めた。ハチが振り向き叫ぶ!

「なんじゃありゃぁ!?」

山本の組員が蜜柑を全投入し、山本は再び召喚したウラン刀を十文字に構えながらそっと目を閉じ、特殊な呼吸を開始していた。

「ピ、ピ、ピ、ピピピピピピピピピピピピピピピ……」

青白く光るウラン刀が、更に金色に輝く!そこに「何か」が充填されていることは明らか!

「そうか…なるほど……」
「旦那、何してるんです!逃げましょうよ!」
「おおハチ、分かったぞ。此奴が言うにはな…」

山本の目が緑色に光り、マントラを唱え始めた!

「仇!・敵!・認!・識!…これで終いじゃ!」

二刀流の突きの構えを取り、一斉に突き出した!

「ホハハハハハ!ホーッハッハッハッハ!…消し飛べい!!」

二刀の先端から化け物じみた狂気の濁流が流れた!それは物理的な刀では無い。狂気そのものだ。輝く黄金色の粒子が、巨大な刃となって発狂頭巾とハチに迫る!

ご存知、これぞ発狂剣法奥義『零の境地、ローリングツインバスターの太刀』なり!

発狂頭巾達は?避けるそぶりすら見せていない!それどころか…高笑いを上げた!

「フッフッフッフ…クククハーッハッハッハ!!なぁ!田舎狸!先程より狂人狂人好き放題言いてくれおって!」

発狂頭巾は骨を持った右腕を振り上げ、

「やはり!狂うてェ!おるのはァ!」

ハチの頭部へ勢いよく振り下ろした!!

「貴様ではないかァ!!!!」

「カァーーーーッ!」

顎骨についていた歯が揺れ、乾いた甲高い音を立てた!読者諸君は知っているだろうか、吉貝こと発狂頭巾が鳴らした骨。それはロバの顎骨である。その音色が「あの音」と酷似していることに驚いたことだろう。それもそのはず、あの音を出す楽器の原型はこのロバの顎骨であるのだ!

「ホハハ!負け惜しみよ!骨を鳴らしたとて止められるも、の…か!?」

ゴーン!ゴーン!ゴーン!

空気を震わす鐘の音が響いた。年明けを告げる除夜の鐘の音が。

するとどうだ、山本が頭を押さえ苦しみ始めたではないか!?同時にツインバスターの太刀が急激に減衰しハチらの鼻先寸前で消え去った!

「旦那!あれを!」

ハチが蜜柑の山を指さす!先程まで七色に輝いていた蜜柑が只のカビた果実へと変化している!

ゴーン!

「なんだ、アァ…こ、れは!」

一つ鐘がなるたびに山本の全身からどす黒い煙が昇り立つ。
『除夜の鐘』
古来より除夜の鐘とは破邪の効力を持つと言う。108回、突くことで全ての煩悩を濯ぎ落とすのである。

「ハチ!恵比寿袋を!」
「ヘイ!」

発狂頭巾はハチから受け取った恵比寿袋に刀ごと突き刺し高く跳び、腕を突き出した!

「貴様ァ!」

山本は頭を振り、再度ツインバスターの太刀の構えを取り、撃った!

「ギョワーーーーーーッ!!!!!」

「死ね、狂人め!死ねェーーーッ!!!」

光の粒子が発狂頭巾を捉える、直前!恵比寿袋が赤熱し膨張!破裂し、籾殻を撒き散らしながら発狂頭巾の右腕が巨大なカラクリの腕と化した!

それは巨大カラクリ”ダイハッキョー”の鉄腕である!!

「ギョワァーーーーーーーーーッ!!」

殴る!殴る!殴る!

発狂頭巾が光の柱を殴りつけ続け光の粒へと還し続ける!

「おのれ、おのれおのれおのれェーーッ」

山本は喚き散らし続ける。鉄拳が、光の幕を突き破って顔面に突き刺さった。

「アガッ…」

「ギョワアアアアアァァァーーーーーッ!」

顔面を捉えた発狂頭巾は畳に着地するや走り出す!

「アッ、アア…アアア…ヤメ」
「オオオオオォォォ!」

幾多の壁を突き破り、やがて城壁を打ち抜き…夜空へ打ち上げた!


ゴーン…ゴーン…ゴーン…………。

「む…」

鐘の音がやみ、吉貝は仰向けに目を覚ました。

「ペッペッ!グ、痛ゥッ!!」

口に入った籾殻を吐き出し血塗れの激痛に顔をしかめる。いつの間にやら江戸の街にあった年の瀬の喧騒は消え、提灯一つ灯っていない。
どこかでハチが吉貝を呼ぶ声がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

年が明けた。新しい一年の始まりである。

「旦那、明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくな、ハチ」

年明け2日目、2人は源内邸で屠蘇を傾け合う。あの後、吉貝は名医である杉田玄白の治療を受け奇跡的に回復を果たしていた。

山本五郎左衛門は息絶えた。

しかし、円満解決とはいかなかった。
山本が提供した七色の蜜柑を食した幕府関係者が悉く私服を肥やし始めたと言うのである。

そして、恵比寿袋は灰となって消え果てた。
吉貝らに代わりハチが謝罪に赴いたらしいが和尚も咎めなかったという。

新年早々だというのに問題の種は増える一方。吉貝のトラウマ(妄想)が晴れる日は、心身が休まる日は来るのか。
それはありそうで…ないだろう。


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