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ピーター・ターチン『国家興亡の方程式』むりやり読んだ

最近ときどき話題になる地政学者ピーター・ターチンの本邦初邦訳である『国家興亡の方程式』を読んだのである。

タイトルのとおり、帝国の拡大縮小の数理モデルを作ろうという野心的な試みであり、残念ながら私の数学力では完全に理解することはできなかった。数学の勉强をやめてしまったことが本当に悔やまれる。

それはまあいいとして、帝国の拡大にはいくつかの内生的条件がある。まず人口である。そして近代以前では人口は農業のキャパシティに強く制約されていたと思われる。さらに、初めに肥沃な土地から開拓していくだろうから限界生産性は逓減すると想定されている。また本書では海洋国家は考慮されていないし、生産物は原則として農産物のみが想定されている。

さらには言うことを聞いてくれる人口にも制約される。一言でいえば忠誠心とか連帯であるが、本書では主にアサビーヤという用語が使われている。

アサビーヤだけでなく、本書はイブン・ハルドゥーンに多くを負っている。

他にもエトニーという言葉も使われる。これは民族(ethnicity)と同源である。そして倫理(ethics)とも同源である。つまり民族性や倫理など、ある集団が共有しているものって感じだ。これには言語や宗教も大きく関係する。

帝国はアサビーヤやエトニーにおいて大きな齟齬のない領域まで容易に拡大しうる。

しかし領土の拡大とともに違う文化を持つ集団と遭遇する確率が高くなり、どこかで帝国の拡大は止まることになる。

帝国の領土拡大は、エリートの数にも影響される。エリートとはここでは余剰生産物を要求する人々のことであり、彼らを満足させるには戦争による領土拡大が必要になる。そして戦費の累積が帝国崩壊の引き金になることは世界史を学んだ人は先刻ご承知であろう。

あるいは国境線の拡大によって、防備が手薄になり外敵の侵入を許すことになる。

また領土が拡大した結果としてどこかでアサビーヤの断層ができることになる。これが今も続く紛争の要因の一つである。

というようなことをゴニョゴニョすると数理モデルができて、帝国の興亡をグラフの振幅として表現できるというわけである。

興味をもった人で、かつ数学に自信のある人はぜひ読んでほしいなあと思ったのであった。

少し感想を追加しておく。

アサビーヤとかエトニーがもたらす連帯的行動の反対は、個人主義とかタダ乗りである。しかし個人主義やタダ乗りを抑制できなければ帝国は拡大できない。あるいは帝国に征服・蹂躙されることになる。

個人主義を抑制して利他的行動を促進する規範が必要であり、それはいかにして可能はあんまり書いていない。男性を社会にうまく組み込むことを重視した社会は内乱や外部との戦乱に強かったとか、それ以上いけないことは書いてあったが。

地理的条件も大きく関係する。河川に沿って都市が発展するのは地図を見れば明らかである。海は結束を促すこともあれば、断絶をもたらすこともあって複雑である。海洋国家を本書で取り扱わない理由の一つである。

厳しい自然環境は共同を促すということも書いてあった。共同しないと生きていけないからね。また支配王朝では大量の労働力を動員するために贅沢品(必需品でないもの)が用いられ、しかし贅沢品は堕落ももたらす諸刃の剣であった。やっぱりエッセンシャルじゃないワークはいけませんな。

そして農民などエッセンシャルなワークをする人々は、できることは農地を放棄して逃げることくらいで、基本的に反乱などおこさないとか悪いことも書いてあった。それをするのは不満を持ったエリートであるという。言われてみれば古今東西、シャア・アズナブル、チェ・ゲバラ、ロベスピエールなど革命を主導するのはエリートの中の不満分子だよな。

というわけで数学の勉强は大事だなと思うのであった。


ちなみにターチンの著作で、本書よりも一般向けの『Age of Discord』の邦訳が現在進行中とのことで、とても楽しみにしているのである。


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