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井上智洋『毎年120万円配れば日本が幸せになる』小野盛司、読みました

新型コロナウイルスによる経済的苦境はベーシックインカムについての議論を活性化させた。特に日本で全員に10万円配ったにもかかわらず物価も金利もビクともしなかったことから現実味を帯び始めたといえよう。

そこでこういう本が出版されたというわけである。

帯が虹色で宮内義彦氏の写真つきでいらっとしてしまうがそれは置いておこう。

井上智洋氏は経済の機械化について積極的に論じてきた経済学者でこの話題にまことにふさわしい方である。

小野盛司という人は知らなかったのだが、PCRをたくさんやればコロナは抑え込めたと思ってる系の人のようで閉口してしまうのだが、これもまあ置いておこう。

それで本論に入ると、10万円を単発で配ってもインフレにはならなかったが、これを毎月やり続けるとさすがにわからない。そこで井上氏はまず1万円から初めて7万円まで段階的に増やしていけばいいと提唱する。氏は4,5%のインフレ率なら許容できるとしており、であれば7万円までは十分可能とのことである。10万円でもいけるかもしれない。ただ5%近いインフレだとBIの額もそれにあわせて増やす必要があり、制御困難なインフレを招くような気がしなくもない。
小野氏が日経NEEDSとかいうもののモデルで計算したところ10万円でも日銀の物価目標である2%におさまったらしい。このモデルについての詳細は本書では明らかにされていないので参考程度になろうが、ありえる話だとは思う。

これだけのBIがあれば、ケインズが預言したように週15時間労働で生活できる。どのみち経済の機械化により仕事はどんどん無くなるのだからちょうどよい。また労働供給の低下は機械化を加速させるだろう。機械化が進んでいったら人間の仕事は消費することしかなくなる。最終消費は機械にはできないから、BIを配って人間がすればいいのだ。

ただ増えた余暇で芸術活動のようなより創造的な活動をするようになるという著者らの主張にはやや疑問がある。Creativityを発揮する人間は今よりは増えるだろうが、大半の人々はそれらを消費する立場になるだろう。でもそれでいい、BIがあるんだからコンテンツにどんどん課金すればいいのである。それが豊かさというものだ。

BIに対する批判には財源論があるが、政府は実質的に無限に貨幣を発行できるので単純な意味では財源は問題ない。問題は上述のようにインフレであるが、これはBIの額を変動させればよいと井上氏は主張している。また税金で需要を抑えることも可能である。
政府は無限に貨幣を発行できるが、過剰な貨幣が市中に滞留すると、インフレにならなくても資産格差や資産バブルにつながるので、税金や国債で回収するというイメージで考えておけばいい。私は国債の新規発行と売りオペを区別する意味は(過剰流動性の回収という点では)あまりないと思っており、ここは本書の著者らと見解の違うところだが、本書の内容を理解するうえでは問題にならないので置いておこう。

またエッセンシャルワーカーがいなくなるのではという批判もあるが、それは賃金を上げるなり、機械化するなりで対応すればよい。低賃金の3K労働がなくなるのは大変けっこうなことである。

またBIにより企業は賃金を下げることに躊躇いがなくなるのではないかという批判もあるがこれには本書は答えていない。私は最低賃金を定めておけばいいと思うので、答えるまでもないと思うが。そもそも賃金が下がっていくような情況ではインフレの心配はないのでBIの増額が可能である。

最低賃金に関連して、私はMMTの主張する就労補償プログラム(JGP)の併用もありかと思う。しかし彼らの主張するような誰にでもまっとうな雇用を保証するとなるとBIと変わらなくなるのではないか。どんな無能な人にもまともな賃金を与えるというのはそういうことである。
なお井上氏はJGPは希望の職につけずしかも最低賃金になるのでマインドが上向きにならないのではないかと批判している。

もう少しJGPについて書いておくと、ビル・ミッチェルはその例として、あぶれているサーファーにライフセイバーとかビーチの監視員をさせればよいと言っていた。まあそれもいいかもしれないけど、BI渡してサーフィンしてもらっとけばいいんじゃないのかと思ったのであった。

最後に社会保障について。新自由主義者がBIを好むのは、BIによって社会保障を削減できるからであり、しばしば批判の的となってきた。しかし同じくBIの導入を提唱する左派加速主義者は社会保障を十分に温存したうえでのBIを主張している。井上氏は後者に類似していると思われ、年金に上乗せしてBIを支給せよと述べている。私としては、いま以上の恩恵を高齢者に与えるのはいかがなものかと思うし、また高齢者がどんどん増えていくような社会では全般的なインフレーションへつながるという懸念もある。

まとめると、本書はとても読みやすく書かれていて、かつ必要な論点はすべて網羅されている。BIの入門書としておすすめできる内容である。

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