2023.4.7(金)雨 UBER嘘日記
出前館7件配達。
UBER配達員は日がな街中をぶらぶらする。このぶらぶらを生かした社会貢献はないか…。夜回り先生の真似事ができるんじゃないか。そう俺は考えた。学識はかの先生に及ばないが、街を回ることにかけてUBER配達員の右に出るものはない。
先日署に連行された時に半ばでっちあげたこの夜回りだが、日を追うごとに与えられた使命のように思えてきた。ならばトー横に行くべきとバブルが言う。トー横には非行少年少女が多くたむろう。
「じゃあ一緒にトー横に行ってくれる?」
「ごめんそれは一人で行って」
「えー」
非行少年たちをUBERに誘ってみてはどうか。どう思うバブル? UBERのゲーム性はスマホをいじる少年少女の嗜好に親しい。それどころかゲーム内でゲットしたゴールドが日本円に換金されるのだから、神ゲーにも程がある。まあねとバブル。
少年少女がトー横にたむろっているのは、未来が見えないからだ。どこにも流れて行かない時間を彼らはただただ持て余している。俺たちと同じじゃないか。演劇の夢に破れて余ってしまった時間をUBERで埋めている俺たち。UBERはひまつぶしにちょうどいい。
俺の言葉にバブルは身を固くした。
「夢破れてねーよ。俺はまだ破れていない」
バブルは来年の劇団30周年には代表作ロケットマンの再演をするのだと言う。そうかい。それは悪かった。しかしどうしようか。俺一人でトー横に乗り込むのは、おっかない気もする。
数日経って新宿御苑に会社勤めする友人からごはんに誘われた。ちょうどよい。俺は「歌舞伎町のどっかで食べよう」と答えた。トー横は歌舞伎町にある。その時は来た。トー横で夜回り先生をやるぞ。勇気元気。元気があれば何でもできる。俺はウバックをかついで家を出た。飯を食った後にトー横で地蔵する。ついでに夜回り先生もする。
ご存じと思うがトー横はTOHOシネマズの横にある広場。そしてTOHOシネマズの地下には安い駐輪場がある。俺はトー地下の駐輪場に自転車を止めて飯を食った。おいしかった。飯を食った後トー地下に戻り自転車を引っ張ってTOHOシネマズを出ると、目の前にはトー横が広がる。ワタシは夜回り先生…。俺は役に入って広場に入った。
夜は降ったり止んだりの雨模様。広場にそれと分かる子たちは少なかった。ただ一人ファミマの前に病んでいる少女を見つけた。「アタシ25才までは多分生きないと思うの」と思っていた。ダークなメイクで視線を宙に漂わせていた。
彼女にUBERを教えてやらねばならぬ。俺は使命感に駆られ彼女に近づいた。ちょっとそこのキミ。私は通りすがりのUBER配達員だが…。声をかけてハタとなる。病み化粧から透けるその幼い顔に見覚えがあるようなないような。あれ?キミ…。俺の気づきを察してか彼女は「5000円」と言って手を差し出してきた。なんと彼女は大山の女子高生だった。
5000円は大山の時よりも2000円料金が上がっている。大山の時は3000円でパンツを見せてくれた。2000円のアップ分は何なのだ?
「パンツがキワどくなってるの?」俺は不覚にもハァハァしてしまう。「ううん全然。場所代だよ新宿だから」「ああそれでか。ちなその場所代は誰が持っていくの?悪い奴がいたもんだ」
図らずも俺は悪の核心に迫っていった。「トー横には王がいる」 事前のネット記事で調査済みだ。そいつが場所代を持っていくに違いない。くそ、トー横の王め。悪い奴だ。背後から声がする。
「おっさん俺に何か文句があるのかよ」
振り返るとそこにトー横の王がいた。長身だが細身。20代半ばに見える。まず俺はケンカの値踏みをする。多分勝てる。俺にはカンフーの心得があった。以前、演劇でカンフーマスターの役を振られた時に習得したものだ。敢えて俺は挑発的に「少年少女を食い物にするのはよせ」と言った。早速、奴の手が出てくる。向こうはこちらをただのハゲのおっさんぐらいに思っている。甘い。俺は掛け声と共にトー横の王を組み伏せた。「アチョー!」
元が演劇仕様だから仕方がないのだが、アチョーと声が出てしまうのが俺のカンフーの弱点。現実世界ではこの上なく目立ってしまう。俺の声は広場に響き、交番から警官がわらわらと出てきた。またしても俺は連行されてしまうのか。否。今回の俺は悪を倒した立派な正義である。むしろ胸を張って事情を説明した。大山の女子高生も先に手を出したのはあっち。おじさんは正当防衛と証言してくれた。
警官は去りトー横の王は逃げた。大山の女子高生は残った。おじさん強いんだと言った。いやあそれほどでも。俺は彼女にUBERのすばらしさを説いた。そのフィットネス感そのゲーム性。おこずかいまで貰えちゃう。最後に俺の紹介コードを教えた。UBERには新規登録時に紹介コードを入力すると紹介者に紹介料が入るというシステムがある。もちろん俺はお金目当てでUBERに誘っている訳ではないが、もらえるものはもらっておきたい。
「あと、このTシャツをあげる」俺は彼女に劇団在庫のTシャツを渡した。「UBERする時にはこのTシャツを着て配達しようぜ? 俺も今着ているコレ。なかなかいいでしょ?」
大山の少女はTシャツを広げると、カッコいいじゃんと言った。Tシャツには一つの警句がプリントされている。
”One love, one heart. Let’s get together and feel alright”
訳すと、ひとつの愛、ひとつの心。みんなで一つになれば、いい気分になれるさ。
「いい気分ならアタシ30000円でおじさんをいい気分にしてあげられるけど?」 少女は言った。
俺の言ういい気分はそういうのではない。彼女は読み違えている。この警句が謳う愛は男女間の性愛のことではなく、普遍的人類的な愛のことなのだ。俺は考える。…30000円はスリコ100回分。簡単に決断できる額ではない。俺は「トー横の王は滅んだのだからもうちょっとお安くなるんじゃない?」と問うた。彼女は「滅んだから30000円」と言った。場所代抜きの定価が30000円らしい。
仕方ない。俺は財布の紐を解き、彼女にいい気分にしてもらった。
俺は彼女と別れた後、俺は大変な自責の念にかられた。またやってしまった。罪深いことだ。雨模様は本格的な降りに代わっていて、それは俺の涙だった。
時計を見るとまだ20時。UBER FEVER(ウーバーフィーバー)タイムだ。雨よ俺の罪を洗い流してくれ。俺は自転車を漕ぐ足に力を込めた。最初に鳴ったのが出前館で、そこからアプリは途切れることなく鳴り続けた。全部出前館で7件配達して家に帰った。
この文章で上がった収益は、全てボス村松の演劇活動と植毛に充てられます。砂漠に水を。セイブ ザ ボース。