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赤らんたんに灯を入れて第六夜 後編

「あのお話って本当なんでしょうか?」

気になっていた事を結衣に聞いてみた。
「大切に思っていた故人と逢える、って
事ですか?それは私共の方では何とも
お答えする事ができないのです。
ただ、この場所でお客様が体験される
事象は全てお客様のものですので……
一つ言えるとすれば、皆様お帰りの際は
幸せそうなお顔をされてますね」
「そうですか……」
「着きました。こちらのサイトになります。
テントや焚き火はセッティング済みです。
火が消えそうなら薪を足して下さい。
それから一番大事な事です。
8時25分ちょうど、あそこの赤ランタンに
灯を入れて下さい。必ず時間は厳守です。
必ず。そして時間は1時間だけです。
それでは何かありましたらご連絡を」
そう言って結衣は去って行った。
そうなのだ。
希衣ばあちゃんと結衣の二人が会わせて
くれるのではなく、二人の持つ不思議な
力とこの場所の不思議な空間が訪れた人
達に不思議な体験をもたらすのだ。

「本当にお父さんに逢えるのなら、
息子達も呼べばよかったのかしら…
でもねぇ、何十年振りに二人っきりで
話をしたいものねぇ」

普段なら慌ただしく過ぎていく時間も
" 待つ " となると恐ろしくゆっくりと
進んでいく。
しかし、そのおかげで篤樹と一緒に
なった頃の事や、新規開拓、資金繰り、
クレーム処理などで東奔西走した記憶が
鮮やかに蘇ってきた。

記憶の余韻に浸りながら腕時計に目を
落とすと、" 8時20分 " 5分前だった。
慌てながらテントの脇に下がっている
赤いランタンを手元に寄せ、焚き火から
火の点いた枝を引き抜き、待ち構えた。

" 8時25分 " 

芳子はランタンに灯をいれた。
すると、芳子はランタンの灯りとは思えない
ほどの明るさに包み込まれ、立っている事が
困難なほどであった。
明るさが落ち着きを取り戻したその中には
以前に良く見た懐かしい背中があった。
ゆっくりと振り返るその背中は、まさしく
お父さん、木村篤樹その人だった。

「お父さん!」
何十年振りかの芳子の呼び掛けに篤樹は
以前と全く変わらない笑顔で
「母さん、いや芳子、久しぶりだね。
相変わらず元気そうで何よりだよ。うん。
私がいなくなってから大変だったろうけど
代わりに良くやってくれました。
…………ありがとう」
「あっという間の25年だったわね。
お父さんがいなくなってから " T衣裳は
ダメになった " と言われない様、必死に
やってきたつもり。
今は息子たちが引き継いでくれてるわ」
「そうか、ご苦労様でしたね」

25年の隙間を1時間だけで埋めるには
余りにも短過ぎるのでしょう。
楽しい時間はあっという間にお別れの
時を迎えることとなりました。

「今日、お父さんに逢えて良かったわ。
そろそろお父さんの元に行く頃かしらね」
芳子の言葉に篤樹は意外にも
「まだ君は来ちゃいけない!君は若い頃から
自分の時間なんてなかったじゃないか。
それを取り返すにはあと5年はかかるな」
そう言って篤樹は一緒になった頃と同じ様な
笑顔を芳子に見せたのでした。
「そろそろ時間だな。芳子、元気でな」
「お父さん……」
目映い光と共に篤樹は消えて行きました。

ある時間にある事をすれば逢いたくても
逢えない貴方の大切な人と話が出来る
不思議なキャンプ場
" 赤らんたんキャンプ場 " 
今、貴方には逢いたい人がいますか?

仏壇の遺影の篤樹がいつもより笑顔でいる
事に気付いた芳子にもまた笑みが……

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