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0209 の友達

今日は昼過ぎに起きた。バチバチの寒さによる睡眠不足を抱えながら新宿。ど快晴の天気で、どことなく皆浮かれてるように思えた。分かる分かる。友達と待ち合わせて国立新美術館に。

初めて行ったけど、今年の「DOMANI」は「傷ついた風景の向こうに」をテーマに11名の作家によるグループ展だった。よくチェックしていなかったけど、割と明快な切り口の作品が多くて、アートに関する知識が乏しい自分には有難く、シンプルに楽しめた。宮永愛子さんの金木犀の葉を12万枚集めた作品は、葉脈を地図になぞらえ、それを30mもの長さに繋ぎ合わせて見せる大作だった。枝分かれする葉脈ひとつひとつが川であり、道路であり、路地であると思うと、どこかの地図として見せられれば納得できる説得力があった。葉っぱ、っていうつぶさな存在を使ってあれだけのイマジネーションに飛べる作品は見ててスカッとするというか、イームズのpowers of tenで感じた達観性みたいなものを強く感じる。うんうん、全部繋がってんねんな、構造的には似てくるよね、って勝手に納得したりした。それでいうと後続の畠山直哉さんの作品も同じような解釈で、ある種の危機を避けながら、自分たちの生きる場所を強く拡張しようとする“木(欅)”のポートレートを人になぞらえてるのは、ダイレクトに納得するし、どれだけ懸命に生きようと林の中にある一本の木や僻地に立ったなんてことのないランドマークのひとつくらい、造作のない存在なんだと個人のありようを実感させてくれた。ヘッダーにしてる木のスケッチは変態のやることだと思った。こういう枝ばった木を見るたび、ムナーリが言っていた「木は基本的に二手に分かれる」って発見がとてつもない発見だと実感する。本当にそうなってるから皆見てほしい。

到着したのが15時。たまたま16時から宮永さんと港さんのトークに立ち会えて、ぐるっと一周したあとに宮永さんの話を聞けたのはラッキーだった。形状こそ違えど、明確なモチーフから形を変えどもそこにある、ってすごい真言。図らずもこういうラッキーに出くわすことが休日の強度をあげてくれると思う。もっと聞きたかったけど、次の待ち合わせに。

17時から渋谷の茶亭なんとかに集まって初めまして。去年の暮れから、知り合った友達に「会って欲しい人がおんねん!」って言われる機会が増えた。別に大して面白い話なんてしないのに、そう言ってくれる人がいることに驚く。自分もそういう状況にあまり緊張しないから快諾してしまう。やし、大事に思ってる人がそう言ってくれるなら、その友達も大事にしたいみたいな気持ちになる。NANAでヤスが似たようなことを言ってて、ほんまにな!みたいな気持ちで頷いたのを思い出した。日々楽しく生きるためにスキンケアが超重要!って女子会みたいな締めでまとまったのも面白かった。

明日もあるので早めに解散。初めての人でも共有してる部分があるのは年齢もそうだし、ある程度友達の友達って時点で精査されてる部分が大きいんだろうな。別に趣味とか一緒な気はしなくても、なんとなく大事にしてる部分さえ合っていればいい。コンパクトな割に充実した一日だった。養命酒飲んで、明日だけ気合を入れる。

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