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誰を幸せにしたいか、から始める——クリエイティブディレクター公庄さんの描く、“人間性を置き去りにしない”マーケティング

デジタル時代の到来により、マーケティングの施策は多様化しています。それぞれの領域における専門性が高まる一方、専門性が高まったがゆえに領域間の連携が難しくなるなど、全体で見ると「分断」が生じているようにも見えます。
 
そうした「マーケティングの分断」を解消するために、「BORDERLESS MARKETING COMMUNITY(以下、BMC)」は発足しました。
BMCは、全体最適化されたマーケティングの実現を目指して、第一線で活躍中の有識者によるセミナーや、多様なステークホルダーと議論する機会を提供しています。
 
本記事は、マーケティングやコミュニティについて、BMC会員のみなさんにお話しいただく「BMCコラムリレー」の第4弾。お話をうかがったのは、クリエイティブカンパニー「SUN-AD(サンアド)」でクリエイティブディレクター・コピーライター を勤める、公庄 仁(ぐじょう ひとし)さんです。
 
クリエイターの方にお越しいただいたのは、本コラムで初めてのこと。公庄さんの目に、マーケティング業界の現状はどう写っているのでしょうか。クリエイティブ側だからこそ感じる「分断」の正体や、理想のマーケティング像、日頃のプロジェクトで意識されている「コミュニケーションの秘訣」を教えていただきました。

公庄 仁 様
クリエイティブディレクション、コピーライティングなどを手がける。主な仕事に、累計480万部超のベストセラー「ざんねんないきもの」シリーズや、ダイソー企業スローガン、TOYOTAの企業CMなど。最近では、スタートアップ企業のビジョン作成や300年以上続く酒蔵のブランディング、店舗のコンセプトメイクなど、幅広いプロジェクトに携わる。

マーケターとクリエイターの間にある「言葉の分断」

——このコラムにクリエイターの方をお招きしたのは初めてです。公庄さんはクリエイティブカンパニーでコピーライターとして働かれていますね。

はい。10年くらい前にコピーライターとして入社し、広告クリエイティブなどに携わってきました。最近ではキャッチコピーをつくるようなことは減り、商品のブランディングや店舗づくりなど、多様な仕事が増えています。

たとえば数年前まで空間作りの場には、僕みたいな言葉を扱う人間は入っておらず、建築なら建築家だけに任せるのが一般的でした。
ですが、最近はあらゆる仕事でクリエイティブディレクションやコピーライティングの技術が必要とされるようになってきました。コンセプトとなる言葉を作り、それを起点にして、ネーミングや、デザインの世界観を決めていくのです。

——コンセプト作りにはどんなこだわりがありますか?

できるだけ「表現的」にならないよう気を付けています。つい頑張って感じの良い言葉や面白い言い回しをつくりたくなるのですが、それではコンセプトを起点に動き始めるはずのプロジェクトが止まってしまいます。

たとえば、『中川政七商店』さんのコンセプトは、「温故知新」という言葉だそうです。とてもシンプルな言葉ですが、誰もが意味を理解できて行動に移しやすい。これがもし変にキャッチコピー的な文章だったら、どんな商品を開発すればいいのかわからなくなると思います。
 
ブランドの言葉はできるだけシンプルで簡単にイメージできるものがいい。受け取った人が解釈しやすかったり展開しやすかったり、きちんと機能するものを作ることを心がけています。
 
逆に表現の段階においてはコンセプトメイクとは違い、理屈を超えたものが必要で、僕ら「クリエイター」は、いわゆる右脳的なアウトプットを得意としています。今回BMCに参加させてもらったのは、それとは違う世界から、つまり理論的、定量的な観点からマーケティングを学んでみたいと思ったからです。

——あえてマーケターとクリエイターで分けるとすると、そこにはどんな違いがあるのかもう少し教えていただけますか?

マーケターとクリエイターの間には、「言葉の分断」があるように思います。たとえば、マーケティングでよく使われる英語や難しいカタカナ語を、僕らはあまり使いません。逆に僕らが当たり前と思って使う言葉が、マーケターやクライアントには全く馴染みの無い言葉であることも多々あるので気を付けています。
 
そもそも「マーケティング」という言葉自体も、解釈が曖昧だと思うんです。「Price」や「Product」などいわゆる「4P」まで含んだ広い意味で使う場合もあれば、単に「宣伝活動」やさらに狭い「市場調査」の意味に限定して使っている場面もある。そうした言葉の違いに分断というか小さなズレを感じることがあります。
 
ターゲット設定においても少し違いを感じます。僕は「F1層」のように属性で人を区切るような見方をあまりしません。マスで捉えた方が効果的なこともあると思うので一概には言えませんが、「20〜30代の女性」と一括りにした時点で、むしろ誰のことを指しているのかがわからなくなる気がするからです。どこまでいっても、個人に向けてアウトプットを作ろうと意識しているからかもしれないですね。

人間性を置き去りにしないマーケティング

——言葉の違いがあることで、仕事に支障をきたすことはありますか?

クライアントやチームが近い関係性にある場合は、支障とまでは感じません。人と人ですから、言葉や感覚の違いはコミュニケーションで埋めていけます。逆に、関わる人が増えると、伝言ゲームになりますから、言語感覚の小さな違いが、大きな支障につながってしまいます。
 
その上で大切に思っているのは「人間的な感覚を忘れないこと」「人間性を置き去りにしない」ことです。たとえば広告やマーケティングの世界では、「ターゲットを刈り取る施策」といった言葉が日常的に使われますよね。共通言語になってしまっているので仕方ないのですが、「ターゲット」や「刈り取る」という言葉自体になんだか相手を敵にみなしているような荒々しさがあり、そこには本当に大切にすべき人間の存在が希薄になっているように感じます。

——たしかに。

「人間性」を大切にしようなんて考えは、一昔前なら一笑に付されていたと思います。けれど今やその考えが、ビジネスの世界でも広がってきています。フィリップ・コトラー氏が提唱する「マーケティング5.0」にも、テクノロジーと人間性を両立することの重要性が説かれています。
 
今後のマーケティングは、「誰を幸せにするための仕事なのか」という本質的な問いを、より考えていくことになるのではないでしょうか。顔の見えないマスに向けたコミュニケーションをするのではなく、相手が想像できないような言葉を使うのでもなく。
 
そして、職種や所属の壁を超えて、人と人がきちんと対話を重ねてクリエイティブを作る取り組みが増えるんじゃないでしょうか。
 
今や、デザイナーがプロダクト作りや経営の上流から入ることも珍しくなくなりました。例えばアプリケーションの開発にしても、優れたデザイナーが参画し、使う人間のことをちゃんと想像して作られたアプリは、使っていて本当に気持ちがいいもの。突き詰めれば突き詰めるほど、「人を喜ばせる」という純粋な想いがないとサービスが立ち行かなくなっていくと思います。

The best “Marketing” is not “Marketing”

——よりマーケティングが本質的になっていく。どのようなマーケティングが理想だと思いますか?

逆説的ですが、マーケティングでさえないようなマーケティングが一番理想だと僕は思います。広告の世界の言葉に「The best ad is not ad(一番いい広告は広告ではない)」という言葉があるのですが、マーケティングも同じ気がします。
 
例えばパタゴニアという人気アウトドアブランドがあります。環境への様々な取り組みで有名ですが、仮に、これがマーケティング戦略的に有利という動機だけだったら、消費者にはむしろマイナスの印象を与えると思います。志と一貫した取り組みだからこそ、多くの人に賛同されているのではないでしょうか。
 
また、理想のマーケティングは、あらゆる接点で人を幸せにするものだと思います。誰かを喜ばせる商品を開発して、その人たちが楽しめるプロモーションをして、フレンドリーな店員やECサイトの使いやすいインターフェースには買う時のストレスがなく、万が一買った後に商品に満足できなくても、アフタサービスを丁寧にしてくれる。もはやマーケティングと呼べないほど当たり前のことのように思えますが、そういうブランドを僕はあまり知りません。

——商品作りからプロモーションまで一貫したマーケティングはどうしたら実現できるんでしょうか。

偉そうな言い方ですが、そもそもビジネスや商品が志から生まれていることが大前提だと思います。志というと大袈裟ですが「ちょっと便利にしたい」でも「楽しませたい」でも、商品やブランドを世に送り出すには必ず「なぜそのブランドが必要なのか」があるはずです。
 
その上で、関わる人たちみんなにその「想い」がきちんと伝播していくことが大切だと思います。プロジェクトに関わる人が増えすぎたり、様々な事情が生じると、当初の志を保つことや伝えることが難しくなります。
 
そうした背景もあってか、広告主とクリエイティブ会社、経営者とクリエイターが直接やりとりするプロジェクトが増えてきているように思いますし、想いや志を言語化する能力が求められているように感じています。できるだけ壁を減らしたいと、みなさんも感じられているようです。

こういった流れのなかでは、広告主側だけではなく、クリエイター側も「志」を持ってクライアントと関わることが必要になってくると思いますし、壁を越えるために、経営やビジネスといったクリエイティブ以外の見識もますます必要となると思います。

誰かの受け売りじゃなく、自分の中から出てくる言葉で会話する

——広告主、マーケター、クリエイターのそれぞれが、本質的なマーケティングを目指して変化している。その変化をさらに推し進めるために必要だと思うことはありますか?

言うは易しですが、きちんと成功事例を作ることでしょうか。いくら理想を語っても、最終的なアウトプットで結果を出せなければ意味がありません。
 
そういった意味で、京都の福知山市にある元銀行だった建物をリノベーションしてクラフトビール醸造場「CRAFT BANK」をつくるプロジェクトは、僕の携わったもののなかでは、理想に近いプロジェクトだったと思います。クライアントとクリエイターの壁はまったくなく、ひとつのチームとして仕事ができました。その結果、商品開発や設備投資のために募ったクラウドファンディングでは、ビールカテゴリーにて過去最高クラスの金額(クラウドファンディングサービス「Makuake」2020年4月時点)を達成。多くの方に想いを届けることができました。

元銀行だった建物をリノベーションし、クラフトビールの醸造場をつくっている様子

——分断のない関係性だから成果が出せたプロジェクトだったんですね。そうした関係性を築くためにはなにが大切でしょうか?

領域や役職といった壁に囚われず、人間と人間としてコミュニケーションすることが大切だと思います。実はそのブリュワリーの創設者とも、彼がオーナーをしている飲食店で出会いました。お互い何をしているかよく知らない状態から一緒にお酒を飲む仲になって、そのうちクラフトビールの構想を聞き、一緒に取り組むことにしたんです。
 
BMCがそうした偶然の出会いが生まれる場になったらいいなと思っています。広告主も代理店もクリエイターも、役割や役職といった鎧を脱いで人間的に出会える場所。人として繋がり、想いを共有し、いろんな取り組みが生まれていく。そんな場所になったら面白いですよね。

クラフトビール醸造場「CRAFT BANK」のプロジェクトメンバー(左から一番目が公庄氏)

——そうした繋がりを作るためにも、公庄さんがコミュニケーションをする際に意識していることはありますか?

なるべく自分の言葉で話すことです。語彙の選択であれ、会話の間であれ、誰かの言葉ではなく、自分の中から出てくる言葉で話そうとしています。そっちのほうが、思いや微妙な感覚までちゃんと伝わると思うからです。
 
あとは、あえて「馬鹿っぽい言い方」に変換することがあります(笑)。「パッケージを刷新してブランドのパーセプションチェンジをしたい」ではなく、「要はダサいからカッコよく(かわいく)したい」とか。
 
最近も、あるwebサイトを作るにあたってクライアントに、「親切なホームページをつくりましょう」とプレゼンしました。「UI/UXに優れたwebデザイン」ではなく、「親切なホームページ」。非常に簡単な表現ですが、その言葉があったことでクライアントとの間でも、チーム内でも、「文字はもっと大きい方が親切だよね」とか「この情報はトップ画面にあった方が親切ではないか」など、合言葉として機能していました。正しいけれど難しい言葉を使うより、想いが共有しやすく、プロジェクトが進みやすいんです。言葉の使い方を変えてみるのも、関係性を変えていくきっかけになるかもしれません。

——言葉のプロらしいアイデアをありがとうございます。では最後に、公庄さんがこれからのマーケティング業界に期待していることを教えてもらえますか?

これまでの話とは真逆に聞こえるかもしれませんが、ひとつは「テクノロジー」の進化です。人間的なコミュニケーションや関わりの時間を増やすためにも、人がやらなくていいことはテクノロジーで代用していけるといいと思っています。そしてテクノロジー自体も人間に優しい方向に変化して欲しいと思います。
 
もうひとつは、これは世の中全体に対して期待していることかもしれないですが、もう少しリラックスしながら、物事が進めばいいのに、と思っています(笑)。マーケティングは生き馬の目を抜くような世界です。いかに情報やスキルをアップデートし、競争相手に勝つかを考え続けることが前提になっています。
ビジネスで勝つために、そうした考えはもちろん必要です。でも、その結果、視野が狭くなることも多いように感じます。テレビCMなんかでも、肩に力が入りすぎるあまり、押し付けがましかったり、他社と似たような表現になってしまうことがよくあります。もう少し「遊び」のような価値観を大切にしたり、「誰を幸せにするか」と言った本質的な問いに向き合う余裕を持つことも大事だと思うんです。僕は、世の中や資本主義的世界自体がもう少しだけリラックスしたり、フレンドリーになれたりしたら、より良いプロダクトやブランドが生まれやすくなるんじゃないかと期待しています。

さいごに

BORDERLESS MARKETING COMMUNITYは、広告主、広告会社、メディア、クリエイター、アナリスト、研究者など、マーケティングに関わるさまざまな専門性を持つプロフェッショナルが集まり、領域横断的な知見の交流を行うコミュニティです。
 
会員の知見の交流を通じて、真に最適化されたマーケティングを実現するため、定期イベントの開催やFacebookグループでの活動をおこなっております。
 
BORDERLESS MARKETING COMMUNITYへのご参加をご希望の方は、以下のフォームより、会員登録ください。

https://borderless-mc.jp/#admission

■会員参加条件

(1)マーケティングに関わる業務に従事されているプロフェッショナルの方
 ※専門横断的な交流を図るコミュニティのため、広告主・広告会社・メディア・クリエイターなど、専門領域は問いません。
(2)BORDERLESS MARKETING の考え方に共感される方、実践したい方

■コミュニティ概要

名称:BORDERLESS MARKETING COMMUNITY(ボーターレス マーケティング コミュニティ)
理事:黒崎 太郎 氏(日本テレビ放送網株式会社 取締役 執行役員 営業担当データマネジメント室長)
   佐々木 丈也 氏(三井住友カード株式会社 常務執行役員 マーケティング本部長)
   戸練 直木 氏(カゼプロ株式会社 代表取締役)
   手島 領 氏(螢光TOKYO/DESIGN BOY クリエイティブディレクター)
   星野 崇宏 氏(慶應義塾大学 経済学部 教授 / 慶應義塾大学経済研究所 所長)
   平尾 喜昭 氏(株式会社サイカ 代表取締役社長CEO)      
設立 :2022年2月
会費 :入会金・年会費とも無料
Web :https://borderless-mc.jp/

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