フィクション3 「公園」―大学生の場合


 南公園には雪がちらついている。すっぽり太陽が雲に隠れる季節になった。s男は両手で缶コーヒーを握りしめ、ため息交じりにハッと白い息を吐いた。かじかんだ手が温まる。
 ベンチに座りコーヒーを飲みながらホッと一息つく。焦燥感に苛まれていた気持ちから少し逃げられたような気がした。
 いつもは近くの東公園に行くことが日課になっていたが、今日は遠出をしている。歩き回って行き着いたのがここだ。気がつけば1時間近くも歩いていた。いつもの倍近く物思いに耽っていた。
 今は理系の大学に通いながら趣味で小説を書いている。すっかりリモートの授業が当たり前になり、一人で時間を使う機会が一気に増えてきた。小説を書き始めたのはそのためだ。キッカケというキッカケも大いにあったが、行動に移すに至った理由は時間が飽和したことが大きい。モラトリアムというにも体感時間が長すぎる。
 しかし趣味にも苦しい時間はある。大学がリモートで苦しいのに趣味でさえ苦しくなると散歩に逃げる。
 以前なら友達を誘ってということもあったが現在はそのハードルが高い。大学で授業があればそのまま友達の家に行くとか飲みに行こうなど自然と会話が生まれるが、自分から相手のスケジュールに気を遣って誘うことが必要になってしまった。
 気づくと浅い友達はいるが、親友と呼べる人とは疎遠になっている。
 またハアッとため息をつく。コーヒーは缶の底にぬるぬると揺蕩っていた。最後の冷めて甘ったるい一口がどうしても飲み込む気になれない。
 視線を少し上にあげてみる。ついぞさっきまで地面と缶コーヒーを見ていたことに今さら気づいた。
 あえて遊具がないところを見てみる。最近の講演は砂場がない。おそらく泥んこになってしまうからだ。いや、それ以上に人間関係が他の遊具に比べてダントツに必要になってくる。スペースひとつとっても力関係が如実に見える。そう考えると公園に嫌気がさしてくるような気がする。
 視線がまた下に沈む前にブランコ、滑り台など見覚えのある遊具が見る。
 子どもが一人でブランコに乗って下を向いている。小学校高学年くらいだろうか。平日の昼間から男の子が一人、公園で下を向いているところは初めて遭遇した。時間は12時を過ぎたくらいだろうか。子どもは得意ではなかったが妙に親しみを覚えて話しかけてみる。
「何してるの? 」
 男の子は肩をビクっと震わせた。そりゃそうだ。字に起こしてみると怪しさがマシマシだ。
「…友達を待ってる。」
「お昼から? 」
「…。」
 黙らせてしまった。嘘だとはわかっていた。わずかながらにあった仲間を見つけた気持ちの手前、罪悪感がふつふつ湧いてくる。せっかく話しかけたからにはいい気持ちで帰ってもらいたい。もう少し会話を続けてみる。
「今日は学校はないの? 」
「授業はリモートなんだ。だから友達を待っていても不思議じゃないでしょ。」
 最近の小学生はリモートという言葉も使えるのか。それ以上にこの子はよく本を読んでいたりと勉強熱心な子なのかもしれない。よく見ると身なりもそれなりにキチンとしている。
「友達とは何時頃約束してるの? 」
「あと15分で来るはずだよ。お兄さんは? 」
 質問を返してくれたことよりお兄さんと言ってくれたことに安堵しながら意外とおしゃべりな子どもであることがわかった。気持ちは案外一緒なのかもしれない。立って話していたが自分も隣のブランコに座った。子どもはこっちを向いてくれている。
「靴飛ばしって今の子はやるの? 」
「なにそれ?」
「ブランコを思いっきり漕ぎながら勢いをつけて靴を思いっきり飛ばすんだ。Tタイミングが大事なんだよ。 」
 s男は軽く実践して見せた。思いっきりやるとブランコが制御できなくなるかもしれないので弱めの力で漕ぎ前方に向かって靴を蹴飛ばした。年甲斐もなく何をやっているんだ…。周りに人が他にいないのが唯一の救いである。
「やってみる! 」
 そう言うと子どもは靴を半分足を出して履き、思いっきりブランコを漕ぎ出した。思い切りがいい。ブランコを支える鎖がギシギシと音をあげている。
 風を切りながら勢いをつけて、男の子は靴を前に蹴り飛ばした。靴は仰角45度で飛んでいく。めちゃくちゃ上手い。
「実は友達待っているの嘘なんだ。親が仕事で家にいなくて、授業も1人で。授業の昼休みに嫌になって外に出てきたの。」
 男の子は少し恥ずかしそうに言った。
「俺と一緒だね」
 s男は少しうれしそうに答えた。
「大人も独りぼっちなんだね」
 少し安心したようだった。
 「また来るね」
 s男はそう言ってブランコから立った。
 「僕も頑張るね」
 そう言って男の子は深呼吸してからマンションの方へ歩いて行った。
フウッと息を吸って空に吐き出す。ベンチに缶コーヒーを置いていたのを思い出した。残りを一気に飲み干し、ビン・缶用のゴミ箱にねじ込んだ。
 1時間かかる道の一歩目を前を向いて踏み出す。寒さはもう感じない。

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