「ブレーキ」  第二回フィクション


本編


 とある土曜日。いつもの休日のように国道を一人でドライブしている。
 「お、高級車じゃーん」
 前方に見えた黒塗りの高級車を見つけた。日差しが当たり、車体がギラギラと光っている。Fは喜び、アクセルをガンガン吹かした。一般道にも関わらず、車線変更を繰り返してはお目当ての相手に近づいていく。交通ルールを我が物顔で解釈しながら近づいていく。ついに高級車後方に車を付けた。
 「高級車の割には安全運転だな」
 F男はそうつぶやくと乾いた唇を舌で舐めた。楽しい時間の始まりである。
 車間距離を15センチもないであろう程の距離に保ち、ぶつかるスレスレを狙って国道を走っていく。相手は気づいたのかスピードを上げてこちらを引き離そうとする。
 しかし道路が混んできてなかなか車線変更ができない。高級車の前にトラックが走っていたためスピードもこれ以上出せない。
 これだ。この相手を追い詰めていく感覚。
 F男は体が少し火照るのを感じた。高揚感、緊張感、焦燥感...いろんな感情がないまぜになって心地よい疲労感である。胸がドキドキしてきた。
 信号機が進行命令を告げると高級車は急に左折ウインカーを出しキュッと車を旋回させた。俺から離れようという意思がありありと見て取れる運転だ。逃がさない。反射神経の赴くままにハンドルを切った。国道から逸れ交通量が少ない道路へなだれ込んでいく。
 そこからは、カーチェイスを繰り広げた。車線変更しようものならこちらもモノマネする。運転手の様子ははっきりとは見えなかったが頭をガリガリ掻いているのが見て取れた。助手席に座っている女は男の気をなだめるのに疲れたのか、助手席側の窓ガラスの方に体を向け、スマートフォンをいじっている。
 「今日は本当にいい日だな! 」
しかし絶対前には出ない。法定速度も破るのはプラス20キロまでだ。そんな勇気を見せつける器量は持ち合わせてはいない。
 自分がしていいことと、自分がされていいことはイコールではないのだ。
 お楽しみの時間は相手が狭い住宅街の方に入っていくのをきっかけに終わった。追いかけるのが億劫になったのだ。
満足できたし、まあいいか。
 上機嫌で帰ろうとして国道に戻ろうとしたとき、初心者マークを付けた軽自動車が目に飛び込んできた。
 「もう一回遊べるドン! 」
日中だがあまり混んでいない。絶好のチャンスである。
次は前に出て進ませないようにしてやろう。
 前に出る勇気がないのは場合によるのだ。相手が下というか、反撃できないとわかると逆に積極的前に出ることができる。反撃される心配がないから。
 アクセルを吹かせて初心者マークの前に出ると、タイミングを見計らってブレーキペダルをガン! とべた踏みした。バックミラー越しに後方車両の反応をうかがったがあっちもブレーキをあらかじめ踏んでいたのかそこまで驚いている様子もない。
 「なんだ、つまんないの」
 次の信号で右折ウインカーを出し、ハンドルをゆっくり切る。さっきの車は直進したようだ。その後は満足したような、少し不満そうな様子で大きい道路がある国道を通って家路につく。アパートに着き、借りている駐車場の3番の駐車スペースに車を止め、外に出ると急に虚無感に襲われた。
 車は中古の軽自動車。
走行距離は8万キロほど。
10万キロでガタが来るらしい。
少しひしゃげた家の鍵を鍵穴に差し込みながらツボを探して手首をひねる。
暮れかかる西日を背に、誰もいないからっぽの部屋に帰っていく。
今日はこれから、合コンなのだ。


アイデア


・煽り運転と人間関係的距離感、
・映画『クラッシュ』を参考、性的興奮と交通事故の衝撃が感覚的にリンクしている。まだ見てないので見たら内容を足していく。
・恋愛観、友達観


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