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レティシア書房店長日誌

松居竜五「熊楠さん、世界を歩く」
 
 本書の主人公はご存知、南方熊楠です。1867年和歌山市に生まれた彼は、日本の博物学者、生物学者、民俗学者として数多くの業績を残した人物です。この本は、若い時に英米に渡り、彼の地の森や博物館や図書館で学び、和歌山県田辺市に落ち着いて、柳田國男らと交流しながら、卓越した知識と独創的な思考で偉業を成し遂げた熊楠の評伝ですが、とても読みやすい!熊楠の文章を現代語に置き換えているのが、大きな要因です。そして、熊楠が楽しさのために学問をしていたんだ、ということを本書のコンセプトにしているからだと思います。(新刊2530円)
 

 「熊楠さんという人は、宇宙のすべてを対象としながら、『楽しさ』のために学問をしていた人だと考えれば、とてもわかりやすいところがある」
自然の中で遊び、図鑑を夢中で読んでいた少年がそのまんま大きくなったような人なのです。読んでいて、学ぶ=楽しいということをストレートに感じました。
 紹介しだしたらものすごく長くなるので、一つだけ紹介します。それは、彼が行なった「神社合祀反対運動」です。この法令は明治政府が1906年に出したもので、一町村に一社を原則として、日本中の神社や祠を統廃合するというものです。日本全国にある多くの神社が消え、その森の樹木は伐採されていきました。
 「自分が研究を続けてきた森の中のさまざまな生命が、ある日突然破壊し尽くされてしまうという事態に直面して、熊楠さんは激しく憤った。そして地域の住民と協力して、地方新聞に投書したり、国会に働きかけたりして、抵抗運動を続けることになる。 神社合祀反対運動を訴える際に、熊楠さんは『生態学』を意味する『エコロジー』ということばを使って、神社林を伐ることによって引き起こされる深刻な環境破壊について論じた。このことは、現在の目から見て、世界の自然保護運動の歴史の中でも特に先駆的なものとして評価されている。」
 熊楠は、役人への抗議のため会議に乱入して拘束され、拘置所入りになります。(この入監中に庭でキノコを見つけてスケッチを残しています。)
 面白いなぁ、と思ったのは、著者が熊楠と同時代の作家ビアトリクス・ポターを取り上げているところです。「ピーターラビットの作者であるビアトリクス・ポターという人は、熊楠さんととても似た人生を送った人なのだ。外見はまるきりちがうのだけれども、この二人の人物の生涯は、根幹の部分で驚くほど共通している。」と著者は詳しく解説しています。彼が田辺に移り住み、神社合祀反対運動を開始したころ、ポターも湖水地方に移り住み、いわゆるナショナルトラスト運動に関与していくのです。
 「ポターと熊楠さんが、二人とも菌類の研究を志したこと。女性と東洋人という当時の西洋の学界の異端者として、能力を持ちながら学者として栄達を拒まれたこと。絵本作家と民俗学者という当初の目的とは少しちがうかたちで成功を収めたこと。そして何より、そうした経験に学びながら自然環境の重要性に気づき、人と生きものの共生をめざそうとしたこと。こうした共通性は、けっして偶然に生まれたものではなく、世界史的に見て起こるべくして起こった共鳴現象だと言える。」
 極めて今日的なテーマを追い求めた人物だったんですね。今もし、彼が生きていたら、明治神宮再開発に伴う外苑樹木伐採計画の反対運動について、声明を出していたでしょう。いや、過激な彼のことだから、東京都議会に乱入したかもしれませんね。

●レティシア書房ギャラリー案内
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進「植物から、本から」出版記念原画展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子
7/10(水)〜7/21(日)切り絵展 後藤郁子
7/24(水)〜8/4(日)「夏の本たち」croixille &レティシア 書房の古本市

⭐️入荷ご案内
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)
Troublemakers (3600円)
若林理砂「謎の症状」(1980円)
宇田智子「すこし広くなった」(1980円)
おぼけん「新百姓宣言」(1100円)
仕事文脈vol.24「反戦と仕事」(1100円)
降矢聰+吉田夏生編「ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト
(2530円)
「些末事研究vol.9-結婚とは何だろうか」(700円)
今日マチ子「きみのまち」(2200円)
秋峰善「夏葉社日記」(1650円)
「B面の歌を聴け」(990円)
「本と本屋とわたしの話vol.21」(300円)
辻山良雄「しぶとい10人の本屋」(2310円)

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