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店長日誌「ピッツァ職人」


井川直子はミシマ社から、すでに2冊の本を出しています。「シェフを『つづける』ということ」、「昭和の店に店に惹かれる理由」で、どちらも料理人のノンフィクションの力作でした。

彼女のミシマ社からの3冊目が「ピッツァ職人」(2200円)です。これは、本物のピッツァを求めてナポリに乗り込んだ青年を中心にして、「ピザ」しかなかったこの国で「ピッツァ」を焼くことを人生の目的にした若者を追いかけたノンフィクションであり、ナポリという都市の文化史的側面もすくい取っています。

「僕、高校へ行っていないんですよ。十六の時にナポリピッツァを食べて感動して、十七から東京のピッツェリアで働いて、十八でナポリに行ったので。」16歳でピッツァで生きてゆくことを決心した中村拓己の言葉です。

中村は1985年、福井県に生まれました。バスケットボールに夢中になった中学時代。しかし高校生になって、全くやりたいことが見つけられず、退学。調理師学校でなんとなく学んでいた時に、ピッツァの味に取り込まれ、本物のピッツァを焼くナポリの職人のもとで学びたい!と強く思うようになります。とは言え、「ナポリでの修行とは、生活の補償など何もないまま丸腰で魑魅魍魎のなかに放り出されることなのだ。」

2003年18歳の時、中村はナポリへと旅立ちます。イタリア語もままならないという状態でした。著者は、まるで中村と同行しているかのように、リアルにナポリの街の様子や人々、そしてピッツァ職人の姿を追いかけます。

ナポリに行く日本人の多くは、帰国後自分の店を構えることを前提に行動しますが、中村は、働き口を探しに行っていました。「『いずれ日本』をまったく想定していない人間にとって、ピッツェリアは修業先ではなく就職先であり、面接で伝えるべき言葉は『勉強させてください』ではなく『誰にも負けない』だ。『ピッツアを焼くためには、そこにいるナポリ人に勝たないといけない。勝ってポジションを奪うんです。出ないと稼げないから』彼はすでに、ナポリの一労働者になっていた。」

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