レティシア書房店長日誌
砂川文次「小隊」
ロシア軍が北海道に侵攻、自衛隊が出動して、撃退しようとする小説なんて書くと、ヒロイックな自衛官が活躍する冒険小説かぁ〜と思われる方がありそうですが、全く違うのです。大阪生まれの著者の砂川文次は、自転車便のメッセンジャーを主人公にした「ブラックボックス」(古書700円)で芥川賞を受賞した作家で、しかも元自衛官というキャリアを持っている人物です。
本書で、彼は2016年、文学界新人賞を受賞しました。
「小隊」(文藝春秋/古書1100円)は、戦闘のリアルな姿を描き切った小説の傑作です。
なぜ、ロシア軍が日本に侵攻してきたかの説明は全くありません。しかし、北海道各地にロシア軍が上陸、主人公である安達三尉は、出動命令を受け、任務につくのですが、地獄と化した戦場を体験することなになります。
哨戒任務中の不快感をこんな風に描いています。
「クソ、早く風呂に入りたい。その痒みは、蟻の一穴とでもいうべきか、次々に不快感を呼び起こす。全身にまとわりつく皮脂と汗と汚れ。顔中に塗りたくった緑や黒のドーランとこれまでの疲れ。携行糧食のせいか、そういえばここ二日排便もしていない、ということに思い当たった。」
だが、ロシア軍が砲撃を開始し、雨あられと銃弾が飛び散ると、そんな不快感もどこかへ消え去ってしまいます。
塹壕の中で、安達は無残な姿で横たわる自衛隊員を見つけます。「顎が半分ない。黒目は限りなく瞼に近い位置で停止していたので、ほとんど白目だった。息をしていないだろうことは明らかだった。被弾したのは首筋と顔面で、左側の顎が抉られて、もう半分の口中をさらけ出している。顔中が、彼自身の地とドーランで汚れているおかげで、誰だか皆目見当がつかなかった。」
こういう悲惨な描写を、冷酷に著者は描き続けます。
「肉片というのは、赤い、バカでかい鼻くそみたいだった。服にくっつくと、どういうわけか中々落ちてくれないのだ。手で払うと、今度は手にくっつき、地面に擦り付けると、ようやく離れた。壕内に転がる人肉は、バーベキューソースをつけた肉と、そう見た目は変わらなかった。」
戦場で撃たれるとどうなるのかを、ここまで克明に描いた小説ってあったのでしょうか、わたしは知りません。
ゾッとするような戦場をのたうち回る兵士の物語で、途中でもう止めようかと思ったこともありましたが、なぜか最後まで、がっちりと読者を抱え込んで離さない力を持っています。
昨今、勇ましい防衛論をぶち上げる政治家が目立ちますが、そういう輩には、本書を読んでいただき頭を冷やしてもらいたいと思います。