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レティシア書房店長日誌

ますむらひろし「銀河鉄道の夜 四次稿編」(全4巻)

 宮沢賢治が1924年ぐらいから書き始めた「銀河鉄道の夜」を、1983年にますむらひろしが、登場人物を猫に置き換えて漫画化しました。その後、1985年には「銀河鉄道の夜・初期形ブルカニロ博士編」を出版します。
 そして2020年、精密な資料調査研究を行い、より賢治の世界に近づくために3度目の挑戦を敢行し、賢治が生み出した「銀河鉄道の夜」の物語世界を、全4巻でビジュアル化するという試みをスタートさせますが、完結予定は2025年。本年5月にやっと3巻が発売されました。当店では、1巻2巻が売り切れていましたが、今回3巻全て揃えました。


 83年刊行「銀河鉄道の夜」の読者にはお馴染みの展開ですが、判型も大きくなって、絵もさらにクリアで美しくなり、こちらもぜひ揃えていただきたいシリーズだと思います。一つ一つの場面が美術品のようで、どのカットにも引き込まれていきます。
 ご承知のように賢治は、「銀河鉄道の夜」を何度も推敲し、変化している部分があります。今回の第3巻で、ジョバンニとカンパネルラが列車の窓から海豚が泳いでいるところを目撃するシーンがあります。賢治の初稿と二次稿にはあったこのシーンが、三次稿では消去されていました。だから、83年のますむら版にもありませんでした。しかし、賢治は海豚に魅力を感じていたからこそ初稿には書いたという理由から、ますむらはあえて、今回その場面を描きこみました。96ページから97ページに渡ってカラーで描かれた海原を飛ぶ海豚たちのなんと躍動的なことか!単なるリマスター版ではなく、ますむらが深く賢治を愛し、その世界の究極の漫画化に挑んだ作品と言えます。


 この原作小説は、臨死体験を描いたものではないだろうかと個人的には思っています。二人の少年が(ここでは二匹の猫ですが)、異次元の世界を旅し、一人は現実の世界に戻り、一人は死の世界に旅立ってゆく。深い悲しみと喪失感の中から、生き残ったジョバンニは幸福とは何かを学んでゆく。自然科学の膨大な知識を駆使した原作は、とても児童文学という範疇に収まるものではありません。大人の、それも大事な人を亡くしたことのある人には必読の文学だと思っています。

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