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レティシア書房店長日誌

岡田温司「キリストと性」
 
 学生時代何度も劇場に足を運び、とうとうDVDを買って今も観ている映画が、ロックオペラ「ジーザス・クライスト・スーパースター」です。ご存知のように、ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルの映画版で、キリストが磔にされて、復活するまでを描いた作品です。映画では、ユダを黒人の俳優が演じていて、心底イエスを愛していたユダの葛藤とイエスの苦しみをロックサウンドで描き出していました。
 

 「キリストと性」(岩波新書/古書800円)に、「ユダの復権に一役買っている優れた映画」として「ジーザス・クライスト・スーパースター」が紹介されていました。そうだそうだ!と思って読み始めたら、これが面白いのです!
 キリスト教は性に対して厳格で、保守的な宗教と思われています。しかし、中世からルネサンス期にかけて、えっ?こんな絵画や彫刻作ってもいいの?というぐらいジェンダーの境界を彷徨い、現代ならまぁそれもあるよね、というような性的嗜好を先取りしたキリストを描いているのです。本書には、多くの図版が掲載されているのでいちいち驚きました。正統と異端の間を揺れ動くキリスト教の世界ここにありです。
 聖書の中に収められた文書とは別に、外典や偽書と呼ばれる数多くの文書が記されてきました。イエスの弟子のヨハネに関する外典「ヨハネ行伝」には、彼とイエスはどうも特別の関係にあり、三度も結婚を断念し、あなた(イエス)を愛していると書かれています。さらに、ヨハネの結婚にイエスが割り込んできたというのです。
 「こうしたヨハネとイエスとの特別の関係は、その後人々の想像力を大いに搔き立てたようで、中世になるとさらにさまざまな脚色が施されていくことになる。とりわけ、ヨハネの結婚にイエスが割り込んできたという話は、どこかゴシップじみているから、下世話なことかもしれないが、いったい何があったのだろうと勘繰りたくなるのが人情というものである。いつの時代でも、他人の色恋沙汰は衆人の大きな関心事なのだ。」
 キリストをめぐる西洋美術書ですが、著者の資料の集め方、歴史への解釈、現代のジェンダー論の組み込み方などどれをとっても個性的で、通史的に論じられた美術論よりもはるかに読みやすく、もちろん下世話な話題だけで終わることなく、キリスト教が根底に持っているミソジニー(女性に対する嫌悪や増悪)と独身主義、処女と童貞の理想化の本質を語ってくれます。
 イギリスの女性アーティスト、エドウィナ・サンディーズが、胸もあらわな裸の女性が茨の冠を被ってうつむき加減で十字架にかかっているブロンズ像「クリスタ」(名詞「クリスト」の女性形)を発表したのは、1975年。その十数年後、歌手マドンナが「ライク・ ア・プレイヤー」のプロモーションビデオで「クリスタ」さながらの姿で登場します。
 「その両手に磔のキリストと同じ傷ー聖痕ーを刻印させ、黒いスリップ姿のまま、その肩紐が今にもずり落ちそうになるのもおかまいなく、髪を振り乱して歌い踊って見せるのである。 そもそも『マドンナ』とは、処女にして神の子を宿したとされる純潔の聖母マリアのことだが、20世紀末のマドンナは、そんなメルヒェンのような神話をぶち壊しにかかっているかのようである。案の定、このビデオはカトリック協会の顰蹙を買ったのだった。」
 とはいえ、彼女は引き下がらず、2006年のツアーではなんとわざわざ茨の冠までつけて十字架にかかった姿で登場したそうです(写真あり)。さすが、マドンナ!
 宗教を歴史的に遡ってゆく本って、最後まで読むにはシンドイものが多いのですが、これは大丈夫!一神教のキリスト教にもこんなに揺らぎがあったのかがわかるだけでもめっけものです!

●レティシア書房ギャラリー案内
9/4(水)〜9/15(日) 中村ちとせ 銅版画展
9/18(水)〜9/29(日) 飯沢耕太郎「トリロジー冬/夏/春」刊行記念展
10/7(水)〜10/13(日) 槙倫子版画展

⭐️入荷ご案内
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本3」(660円)
くぼやまさとる「ジマンネの木」(1980円)
おしどり浴場組合「銭湯生活no.3」(1100円)
岡真理・小山哲・藤原辰史「パレスチナのこと」(1980円)
GAZETTE4「ひとり」(誠光社/特典付き)1980円
スズキナオ「家から5分の旅館に泊まる」(サイン入り)2090円
向坂くじら「犬ではないと言われた犬」(1760円)
「京都町中中華倶楽部 壬生ダンジョン編」(825円)
坂口恭平「その日暮らし」(ステッカー付き/ 1760円)
「てくり33号ー奏の街にて」(770円)
「アルテリ18号」(1320円)
「オフショア4号」(1980円)
「うみかじ9号」(フリーペーパー)
小峰ひずみ「悪口論」(2640円)
青木真兵&柿内正午「二人のデカメロン」(1000円)
創刊号「なわなわ/自分の船をこぐ」(1320円)
加藤優&村田奈穂「本読むふたり」(1650円)
オルタナ旧市街「Lost and Found」(900円)
孤伏澤つたゐ「悠久のまぎわに渡り」(1540円)

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