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レティシア書房店長日誌

角幡唯介「雪男は向こうからやって来た」(古書/集英社800円)
 
 
冒険家、角幡唯介が描く雪男に関するノンフィクションです。雪男ってほんまにいるの?眉唾じゃないの??雪男なんて関心ないや〜、という方が多いのではないかと思います。
 

 でも、ぜひ本書をご一読を!とても面白い!ということを強調しておきます。これ、ノンフィクションなんですが、まるで探検小説を読んでいるような、もっと言えばインディージョンズを観ているような楽しさです。
 「わたしは論理的なものの考え方をする質の人間なので、たとえこの目で何かを見たとしても雪男のような非論理的な存在を容易に受け付けることはないだろう。だが、雪男には見た者を捉えて離さない魔力があるらしく、わたしのそのようなつまらぬ良識など吹き飛ばしてしまうかもしれない。足跡を見ることによって、自分の人生が予想外の方向に向かうことは十分考えられた。」雪男の捜索を始めて一週間経った頃に大きな足跡を見つけて、こう書いています。
 著者と雪男との付き合いの始まりは、彼が朝日新聞社を辞めた時に、会社の同僚から雪男の捜索隊に参加しないかという提案でした。その隊を率いる登山家の高橋好輝は、1971年、標高7661メートルのダウラギリ峰の登山中に、雪の上に続く足跡を発見し、その後のヒマヤラ登山でも雪男の存在を匂わせる痕跡を見つけているのです。さらに調べてみると、日本の有名な登山家が雪男に遭遇しているのです。その中には、日本人女性として初めてエベレストを登頂した田部井淳子もいました。雪男への認識を新たにして著者の旅が始まります。ヒルがうじゃうじゃいる沼地を超え、厳しい自然環境の支配する山の中に入っていきます。冒険家として様々な本を出しているだけあって、読者をひきつけて離さない簡潔な文章で、私たちを嵐吹き荒れるヒマラヤ山中へと誘ってくれます。
 
 「わたしは自分でも何かを見てみたくなってしまっていた。雪男が本当に現れて、これまでの世界観が壊されたらどうなるのか。高橋をはじめとして、雪男を探す人たちはだいたいみんなそんな目にあっている。雪男にも興味はあるが、おそらくわたしはその正体よりも、雪男を見た時の人間の反応に興味があったのだ。」著者は、その通りに雪男を見た人間観察へと向かっていきます。その存在を実感した途端、全く違う人生に踏み出してしまう人たちの人生もまた強烈な印象を残します。一人挙げるとすれば、数十年前にフィリピン・ルバング島で旧日本兵小野田寛郎を発見した冒険家鈴木紀夫もまた、執拗に雪男を探していたのです。そしてその最中に遭難し、この世を去っているのです。
 著者は、高橋をリーダーとする探索隊の探検が終了した後も、単独で探索を続行するのです。彼が何かを見たのか、そうでなかったのかは最後までお読みいただければわかります。
 「静寂と無変化の時間に包まれながら、ひとり膝を抱えて双眼鏡で山を眺めるというのが雪男単独探索という行為の実態であった。想像はしていたものの、その独特の過酷さは事前の想定を軽く超えていた。吹雪の中、雪山をラッセルして登るほうがよほど気が紛れる。」
 そこまで人をのめり込ませる雪男、お前は誰だ?と言いたくなる本です。

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