見出し画像

レティシア書房店長日誌

朝比奈秋「あなたの燃える左手で」
 
 著者は1981年京都生まれ。2021年「塩の道」で林芙美子文学賞を受賞しました。昨年発行された本作は泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞ダブル受賞した長編小説です。(新刊1760円)
 

 麻酔から目覚めると、見知らぬ他人の手が移植されていた男の物語です。やたら医学用語や描写が出てくるので、著者の略歴を見てみると、なんと現役のお医者さんでした。じゃあ医学小説かというとそうではなく、極めて今日的なお話。翻訳家の岸本佐知子が「切断され、奪われ、接ぎ合わされるのは、体なのか、国なのか、心なのか。これは『境界』をめぐる、今まさに読まれるべき物語。」と帯に推薦の言葉を書いています。
 主人公のアサトは、看護師です。高校時代に渡欧し、ハンガリーの大学の看護学部に入学します。大学で出会ったウクライナ人女性ハンナと結婚してそのままハンガリーで暮らしてきたのですが、左手に違和感を覚えて勤務先の病院で検査したところ、悪性の腫瘍であるという診断を受けます。国粋主義者らしいハンガリー人医師ゾルタンにより、左手を切断され他者の左手が移植されます。が、その左手は繊細な作業をしてきた自分とは違う肉体労働で使い込まれた肉厚な白人男性の手でした。
 「左の上腕から腕全体が包帯でグルグルと巻かれ副子に固定されていた。腕全体は布に包まれて吊られ、包帯の先端から五本のぶよぶよと腫れた指が飛びでている。太く張った指は赤く、熱で熟れたソーセージのようだ。パツパツに張った皮膚は今にも弾けて、中から肉汁が飛び散りそうだった。」結局、その切断手術は誤診だったことが判明するのですが、元には戻りません。
 理不尽な形で肉体の一部を失ったアサトは、喪失感と幻肢痛に常時悩まされることになります。そして、移植された左手に対する違和感と拒絶反応により、さらに不安と苦しみに襲われます。微妙な身体感覚のずれと、追い詰められていく心理を徹底的に描写していきます。と、同時進行で、国境を切断されるウクライナの状況が入り込んできます。手術で切断される身体が、軍隊の暴力で切断される国境が、さらに違和感のある手によって切断される心が、重層的に、ある時は冷徹な視線で、ある時は幻想文学的な手法で語られていきます。理解できない部分もありましたが、私は気に入りました。著者の他の作品も読んでみます。

●レティシア書房ギャラリー案内
5/8(水)〜5/19(日)ふくら恵展「余計なことかも知れませんが....」
5/22(水)〜6/2(日)「おすよ おすよ」よしだるみ新作絵本出版記念原画展
6/5(水)〜6/16(日)村瀬進個展
6/19(水)〜6/30(日)書籍「草花の便り」出版記念原画展 西山裕子

⭐️入荷ご案内モノ・ホーミー「貝がら千話7」(2100円)
野津恵子「忠吉語録」(1980円)
坂巻弓華「寓話集」(2420円)
村松圭一郎「人類学者へのレンズ」(1760円)
きくちゆみこ「だめをだいじょうぶにしてゆく日々だよ」(2090円)
森田真生「センス・オブ・ワンダー」(1980円)
友田とん「パリのガイドブックで東京の町を闊歩する3 先人は遅れてくる」(1870円/著者サイン入り!)
川上幸之介「パンクの系譜学」(2860円)
町田康「くるぶし」(2860円円)
Kai「Kaiのチャクラケアブック」(8800円)
安西水丸「1フランの月」(2530円)
早乙女ぐりこ「速く、ぐりこ!もっと速く!」(1980円)
上野千鶴子「八ヶ岳南麓から」(1760円)
つげ義春「つげ義春が語る旅と隠遁」(2530円)
山本英子「キミは文学を知らない」(2200円)
たやさないvol.4「恥ずかしげもなく、野心を語る」(1100円)
花田菜々子「モヤ対談」(1870円)
子鹿&紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
夏森かぶと「本と抵抗」(660円)
加藤和彦「あの素晴らしい日々」(3300円)

いいなと思ったら応援しよう!