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レティシア書房店長日誌

「鬱の本」

 こんなタイトルの本だと、鬱の治療の本、あるいは心の不安を癒す系の実用書と思われるかもしれませんが、全然違います。東京にある”二人出版社”点滅社が出したこの「鬱の本」(新刊1980円)は、鬱の時に読んだ本、憂鬱になると思い出す本、まるで鬱のような本?等々、八十四人が鬱と本についてのエッセイを集めたユニークな一冊です。点滅社のHPには、この本は夏葉社の「冬の本」にインスパイアされたと、書かれています。確かに「冬の本」は、冬を巡って多くの作家たちが書いた短いエッセイで構成されていました。

 本書は、一編1000文字程度で様々な鬱のかたちが取り上げられています。執筆者の中には、お付き合いのある方が何人かおられました。
 例えば「ホホホ座」の山下賢二さん。彼は、人生への真剣味が不足しているのか、能天気なのかは判断できないが、どんなに落ち込んでも、鬱にはなり切れないと断った上で、最近元気をもらえた本があると、豊田道倫の「キッチンにて2」を紹介しています。著者はミュージシャンで、離婚後、大阪西成で息子と暮らす日々を綴った本で、「創作とライブの日々。子供との血の通った関係性。与えられた環境でいかに自分を解放させるかのヒントがここにはある。」と山下さんは結んでいます。
 面白いな、と思ったのは奈良県吉野村で私設図書館「ルチャ・リブロ」を夫と共同経営する青木海青子さん。彼女は「手足がずっしりと重くなって息苦しい欝状態に陥ってしまうことがあります。」と告白していますが、そんな時に読む本が小泉八雲の「怪談」などの怪談ものなのです。曰く、「見え隠れする向こう側の世界の存在に、どこか安心感を覚えていたように思います。今ここが苦しくても大丈夫、全然違う異界が広がっているのだから、そこではここと全く違う理が働いているのだから、と。そんな風に感じさせてくれる怪談の本たちは、私にとって、閉じ込められた部屋に開いた窓のようでした。」
 彼女の夫の青木真兵さんの章では、「物質や身体といった『面倒臭いもの』を排除することは、地球や生物といったシステム全体にどのような影響を与えるのか。気分として、病気としての『鬱』はこれに対するアラームです。だから本来、人間は『欝』をベースに社会を構築するべきなのです。そうすると、もっと生きやすい社会になっていくのだと思っています。」と書いています。
 「夏葉社」代表島田潤一郎さんは、20代はとても苦しかった時代だと、回想しています。「強迫性障害と抜毛症に苦しみ、家のなかにいても、ほとんど寛ぐことができなかったぼくは、一日に何度も同じ本を手に取った。最初こそ、おもしろくて読み返していたのだが、それ以外は、家に帰るような気持ちで、それらの本を熟読したのだ。」彼は、Q.B.Bの「中学生日記」を挙げています。
 と、どのページからでも読みやすく、みんなこんな風にして鬱と付き合ってきたのかと思いました。巻末には、簡単な著者紹介と、その人が取り上げた本が掲載されています。「私の生活改善運動」でブレイクした安藤茉利子さんは、佐々木倫子の「動物のお医者さん」を取り上げていますが、これはよくわかるなぁ〜、私も癒されました。

●レティシア書房ギャラリー案内
2/7(水)〜2/18(日) 「まるぞう工房」(陶芸)
2/28(水)〜3/10(日) 水口日和個展(植物画)
3/13(水)〜3/24(日)北岡広子銅版画展

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