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レティシア書房店長日誌

塩田武士「存在のすべてを」

 書店員が書いたPOPに「号泣した」「波が止まらない」とかいう言葉をよく見かけますが、今時の書店員はボキャブラリーが少なすぎやな、と上から目線で見ていました。しかし、本当に号泣する小説ってあるんですな。それが塩田武士「存在のすべて」(朝日新聞出版/新刊2090円)です。この作家については、「騙し絵の牙」や「罪の声」などが映画化されたものを最初に見て、構成の巧みさに惹かれて本を読み始めました。

 本書の始まりは1991年12月11日の仏滅の日。横浜で小学生の子どもの誘拐事件が発生します。警備体制を組む警察。と、そこへ別の誘拐事件が発生します。前代未聞の二児同時誘拐!翻弄される警備陣。序章「誘惑」は60ページぐらいまで続きますが、その緊張感たるやずば抜けています。この部分だけ映画にしても、一級のサスペンス映画が出来上がりそうです。
しかし、その後の展開はガラリと変わっていきます。
 最初の小学生は無事保護されたましたが、2件目の幼児は3年後に祖父母のもとにひょっこりと1人で帰って来るのです。しかも、きちんとした身なりで。犯人不明のまま、事件は歴史の中に埋もれていきます。
 時は流れ、事件当時捜査に当たっていた刑事が亡くなり、付き合いのあった新聞記者の門田は、刑事が退職後も事件を調査していたことを知り、再度事件を追い始めます。なぜ、子どもは一人で帰ってきたのか?もう二十歳をすぎているはずだが、どうしているのか?
 途中から、この作品はサスペンス小説というカテゴリーから離れて、無理やり押し付けられた不幸を背負った一家族の流浪と再生の人生を、新聞記者の目を通してじっくりと描いていきます。久々に読み終わりたくない小説に出会った気がします。終盤の展開には、涙が止まりませんでした。
 久米宏が「襲撃の誘拐事件から始まる展開に心拍数は上がったまま。これは『至高の愛』の物語」と絶賛の言葉を、本の帯に寄せています。新聞記者が積み上げた事実の向こうに見てくる真実。その終着点に圧倒され、打ちひしがれてしまいそうになりました。辛い物語が、後半迫ってきます。この苦しさから逃れられるすべはあるのか。464ページの最後の二行。読者は救われます。もちろん、私も救われました。こんな小説、なかなか出会うことができないと思います。

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