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落ち雛飛翔


 落ち雛の谷の底には、粗末な墓が二対ずつ、幾百と並んでいる。
 少年のシゥは、足元を見ていた。無惨に砕けた赤子の骸がふたつ。夜の間に落ちてきたのだろう。
 兄のラゥも隣でそれを見ている。
 ここは双子が落とされる谷。墓の下に眠るのも、みな双子の嬰児だった。
「どうしても、登るのか」
 谷底の老人が語りかけてくる。
「金鷹帝は、妃の命を奪って生まれた双子を呪い、この谷に投げ捨てた。民にもそれを強いた。儂はここで二十年、それを見てきた。奇跡はお前達だけだ」
 老人の声は低く、震えている。
「お前達には未来がある。止めはせん。だが、せめて大人になるまで……」
「待てない」
 シゥは答えた。
「皇帝は俺達の手で殺す。死なれる前に登らなきゃ。だろ」
「……うん」
 ラゥが頷いた。二人は揃いの動きで、遠く細い青空を見上げた。

 石の杭は折れ、手指は割れた爪の血に濡れ、疲労の鉛が幾度も引きずり落とそうとした。
 それでも二人は、絶壁を登りつめた。朱い空が掴めそうな所まで。
 先を行くシゥは、足下のラゥを励ますように、声をかけ続けた。
「ラゥ。あと少しだ」
「そっか。あと少し……か」
 ラゥの声は弱々しい。
 シゥは苛ついた。続く言葉が、さらに彼を苛つかせた。
「なら、お前は行けるな」
「やめろ。その言い方」
 シゥは唸るように返した。
 谷の風が吹く。
「シゥ。俺達はずっと一緒だ」
「当たり前だ」
「お前は片翼なんかじゃない。高く、飛べよ」
「やめろよ! お前、兄貴だろ!」
 シゥは咆えた。彼は首をねじり、下を向いた。
 兄の姿はなかった。
 谷底は暗く、何も見えない。

 シゥは十数年前の追想から覚めた。
 彼は今、皇城の謁見の間で跪いている。皇帝を守護する近衛騎士を任ずる式典、その中心にいる。
 ──俺はここまで飛んだぞ。ラゥ。
 鎧で隠した胸の奥、ひとりごちる。昂ぶりと、虚しさを滲ませながら。
「顔をあげ……あげなさい。私の騎士」
 皇帝の声が響いた。



【続く】


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