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2022年4月の読書まとめ

4月は9冊中、5冊新たな出会い、4冊は気になる箇所の再読でした。

印象に残っているのはアレクシエーヴィチのセカンドハンドの時代、ゼーバルトのアウステルリッツです。
セカンドハンドの時代は序文をぜひ色々なひとたちが読めたなら、と思わされました。

さまざまなひとたちの記憶の断片がルポタージュであれ、物語であれ、言葉によって、文字によって紡がれることが歴史への緩やかなアプローチでもあるのだ、と思わずにはいられません。

目を覆いたくなるもの、耳を塞ぎたくなるもの、自身とは無縁の惨状の上にブルジョワ的日常が成り立っていること、つまり、平凡な日常を暮らす資本主義的民主主義国家の先進国の人々は──当事者意識をもし、持ったとしたならば──破壊や抑圧され続けたり、飢え苦しんでいたり、明日どうなるかわからぬ人びとに借りがあるとも言えるのでしょう。

せめて、知ること、あるいは考えを勇気を持って述べて発信することで意思表示すること。

これは社会に主体性を持って参加し、自分の現状を取り巻くものを客観視し、問題を見逃さない、自分自身あるいは協業で解決しなければならぬ問題の場合、解決策を自分の頭で良く考える上で大事な訓練だ、とも思えるのです。常識だからだとかそうした傍観者や他人事ではなく、よくよく見てみると、当事者でもありうる問題も浮き上がってくるかもしれません。

当たり障りないものは、「物語の中のさらに物語」であり、かといって、それを否定するわけでもありません。

芸術と大衆芸術はそれぞれに文化面で「今」の社会風潮を表現しているとも思うからです。
これは何も文芸だけにとどまらず、哲学もそのように、その時々の社会風潮を指し示しているように思えます。

さて、話を読書に戻しますと、ゼーバルトはタブッキがお好きな方なら好みかも知れません。
伽藍堂の空間に響く過去の記憶の断片たちの囁く声といった感じがします。
タブッキは僕は個人的にピアソラや青く突き抜けた暑い外気の空と海
ゼーバルトはサティやどんよりとしたオーストリア、チェコ、ドイツの森
と言ったイメージです。

その他、タブッキをいくつか再読したりもしました。

今月はブルガーコフ第二弾で名作巨匠とマルガリータを読み進めています。
そのあと、いよいよ、ウリツカヤの緑の天幕へ。
妻とペア読書予定ですが、彼女は目下アリスマンローにハマっていたりするので、気分次第でしょうか……。

以前、子ども時代、ソーネチカを読んだ際、楽しく読めたらしいので、できたら一緒にまた楽しめたらいいのですが。

2022年4月の読書メーター
読んだ本の数:9冊 うち4冊再読のもの
読んだページ数:2969ページ
ナイス数:136ナイス

https://bookmeter.com/users/1216030/summary/monthly/2022/4
■風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)
Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
Paul Valéry
風立ちぬ、いざ生きめやも
春から冬、八ヶ岳の雄大な山並みと風が軽井沢を吹き抜けていく。誰かの人生とは無関係に。
儚くも美しく、それでいて芯のある強さを控えめに保つ節子と私の草花のような愛すべき静けさはプルーストを思い起こさせた。
イベントドリブン的な現代では、国内外含めて、このようにリアリズムある自然の中に心の移ろいを垣間見せる描写が難しいのかもしれない。
自然の中でこそ人の感情は豊かになれるのに
読了日:04月03日 著者:堀 辰雄
https://bookmeter.com/books/543172

■塩一トンの読書 (河出文庫)
ユルスナール、一葉、タブッキ、ペソア、サンドや谷崎など古今東西多岐に渡る幅広く深くそしてエレガントな須賀敦子の読書エッセイ。
錆びることのない言葉や文体は須賀敦子のエクリチュールの素晴らしさだけでなく、品のある嫌味のない知的な人柄を彷彿させられたりもする。
一トンもの塩を舐める──人生のさまざまなできごとによる感情や思考、記憶の澱とも言えるかもしれないが──ことをひとりでするのではなく、読書によって、その時々の本とともに舐めるうちに、書物たちがかけがえのない友人となる。僕にとっても読書はそうである。
読了日:04月10日 著者:須賀 敦子
https://bookmeter.com/books/8301458

■Dear Life: Stories (Vintage International)
読了日:04月10日 著者:Alice Munro
https://bookmeter.com/books/6974725

■セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと
1991-2012年までの20年に渡るソ連時代からペレストロイカを体験した人びとへのインタビュー集。第一部は赤側、第二部ではその逆サイドの人びとに焦点を絞り、彼らの声とともに、ペレストロイカによって一気に押し寄せた資本主義的自由=金が全てによる価値観の大きな変化や残酷な民族弾圧が描かれている。
ペレストロイカ以降の若者たちが政治に一見無関心なようでいて、スターリニズム崩壊とは言えず新たなスターリニズムが根底にいつもあるような印象を受けた。なぜプーチン政権が登場したのか理解の補助となる良書だ。
読了日:04月14日 著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
https://bookmeter.com/books/11164423

■アウステルリッツ
深い没入感を得る寸前に、語り手が現実に引き寄せようとする。その断片の連続。

思索的に蜃気楼のような個の記憶の断片を少しだけ古い建築様式にしたがって紡いでゆく。
それはゆるやかな歴史へのアプローチ。

生涯一貫して、ユダヤ人へのジェノサイドを加害者と被害者の視点で押し付けがましくなく描き出そうとした姿勢が伺える。

大半が忘却の闇に消えてゆく人の心の移ろいや存在。

それらを忘れることなく残しておくべきであるとゼーバルトは批判しているかのようにも思えた。
読了日:04月16日 著者:W・G・ゼーバルト
https://bookmeter.com/books/460811

■悪童日記 (ハヤカワepi文庫)
数カ所再読。
名前も時代も場所も固有名詞のないままに、淡々と事実だけを双子のひとりが書き残す。
恐らくは著者がハンガリー人であることから、第二次世界大戦のハンガリーを想定しているのであろうと推察するが、固有名詞がないからこそ、今の情勢とも地理的に被るだけではなく、やるせなくなる。
戦時下では、司祭であろうが弱々しい子ども、老人であろうがひとは狂ってしまいかねない。
古き者を踏み台として国境を超えようとしたのは、希望のためでもなく、殺伐とした荒野がただ広がり、漠然とした虚無の中へと消えてゆくようにも思える。
読了日:04月25日 著者:アゴタ クリストフ
https://bookmeter.com/books/553408

■ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫)
悪童日記の「物語」にあたるパートかもしれない。
固有名詞が与えられた部分。
わずかに色付いて見える。
固有名詞「名前」によって他者との区別がされるのは何故見える全てが切ないほどに色付いて見えるのか、そして、パラドクス的に誇張されたかのように見えるのか。
孤独なのに孤独ではない素振りを精一杯にしたがるのはなぜなのか。
読了日:04月26日 著者:アゴタ クリストフ
https://bookmeter.com/books/504072

■ファシズムとロシア
良書。
スナイダーらなどのファシズムに安直に結びつける傾向はロシアやヨーロッパの記憶の戦争を見えなくしてしまうリスクがある。著者はロシアの現体制を1.古典的ファシズム、2.準ファシズム、3.反リベラリズムの三つのレイヤー構成として捉え分析している。
「誰がファシストなのかを決める現在の争いは、ヨーロッパの将来を定義する闘いであり、分断線を引くキーとなる問題は、ロシアの包摂か排除か、にあるのである」と著者は締めくくる。
反リベラリズムの潮流は、ロシアだけでなく各国そして日本も内に抱えている問題でもある。
読了日:04月27日 著者:マルレーヌ・ラリュエル
https://bookmeter.com/books/19304554

■第三の嘘 (ハヤカワepi文庫 ク 2-3)
国境だ。列車が止まる。─列車が再び動き出す─
愛しているという押し付け、愛されたという実感、ひとり。
愛されているという実感は実存そのものであり、おそらく全ての命あるものが渇望するのだ。
果てしなく蒼く灰色の空に私たちは何を希望できるのだろうか。ブロンドの常に空を見上げ微笑む少年、マロニエの木の小鳥、天使の不在に時が残酷に優しくすぎてゆく。
第一部同様にクララ以外ほぼ名前が見当たらない。
名前はフィクションを生み出すものであって、辛い現実とを分離させるためのものなのだろうか?
感傷的になってはいけないのに
読了日:04月28日 著者:アゴタ・クリストフ
https://bookmeter.com/books/510827


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