見出し画像

私の木蓮

木蓮が咲きたそうに天に俯いている───私の大好きな花。
私の一部だった花。
私から生まれ私に愛を教えた花。

曇りと雨が続いて、なかなかお日さまの光の中でふっくらと笑顔になれないでいる。

眠る木蓮に私は「ごめんね」と言いながら、花弁をやさしく、とんとんしてあげた。

雪原の大地、明るいお日さまの光の下の樫の木。両腕を回してこちらににっこり笑っている小さな小さなあなた。
私はその小さな手を握って歩いた日を覚えている。
私はその小さな表情を私の欲望のために無視したことも覚えている。
私はあなたが私を嫌ったこともなんとも思わなかった。
私はあなたを深く傷つけたことを知らないでいた。
私の罪は樫の木にはっきりと刻まれていた。
私を見つめるあなたの瞳。
小さなあなたのその背には、どこまでもつづく広い大地と空が一筋の曖昧な線で繋がり、樫の木の土地を包み込む。
そこに木蓮は咲く。

疲れて眠る木蓮の花たち。
私の大好きな花。
どうしたらいいかわからない。
私は罰を求めて罪の重さから逃げる。
目を瞑りながら、「ごめんね」と言いながら逃げる。
私の記憶にあなたを呼び覚ますために
あなたの記憶から私は逃げた。

土は木蓮たちを愛している。
木蓮には土があり、土には木蓮たちの香りがする。

雨が降り、小さな命たちが土を耕し、木々は硬い冬を耐え、春を待つ。
小鳥が騒ぎ始めて、私を起こす。

光が私を包み、世界に赦しを乞う。
傷つけてごめんね。
私はどうしたら良かったのだろう。
あなたに赦されたい。
もう一度、この手であなたが生まれたときのように、抱きしめてあげたい。

赦されない私は土に返り暗闇の中で、花が微笑むのを夢想した。

私の世界が音も立てずに崩れ去ったとき
ただ一度だけ、機会を与えられた。
木蓮の花を咲かせること。

私はそれを欲望のために無碍にした。

あなたが私を忘れてくれたとき、
木蓮は光の中、天に向かって咲き誇る。

あなたが明日笑顔でいられることを
私はここからあらんかぎりの虚しさを払いのけて祈る。
私の願いは私を忘れてあなたが笑顔でいられること。

私の罪は花を愛さなかったこと。
私の罰は花に赦されないこと。

私が永遠に愛するものに
二度と愛されないこと。

冬の空、私は俯く蕾の向こう側の星の寒さを知り、はじめて罪の重さとここがこんなにも寒いと知る。

私の木蓮。
私は私しか愛せず
私を必要としたあなたを深く傷つけ
あなたの憎悪の眼差しに
耐えきれずに逃げ出した。

樫の木に回した両腕。
土に俯き春を待ちわび
星だけが私の愚かさを憐れむ。

私を呼ぶ木蓮の声を思い出そうとした。
身体中を磨き上げ
太陽が昇るのを想像する。

寒空の明け方、ごめんね。が言いたくて
ぶら下がるための樫の木を探して歩いた。
どうか私以外に新しい朝が来ますように。

───

砂浜で拾った声。
懺悔か何かの死にたがり屋の馬鹿げたパロディだった。
僕はクシャクシャに拾い上げた紙を丸めて
海に流してあげた。

いただいたサポート費用は散文を書く活動費用(本の購入)やビール代にさせていただきます。