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エレベーターからの風景

建設業に携わって丸12年が過ぎた。
干支一周まわってしまった。
つまり、まだ太陽の周りを僕は12周しかしていない。

見習いしながら夜間高校の建築科を卒業した為、僕の最初の数年は今では考えられないくらいにエネルギーが必要だったはずで、振り返ってみると、じぶんでも信じられないほど良く頑張っていたなぁと思う。
当時の目標はじぶんの父親(大工)より腕を上げて見返してやるだとか、今考えると、馬鹿だなぁと思う。
恐らくずっと追いつけない。
けれど今はその目標が変わりつつもある。
変わってきたのは、一級建築士を取ってからではなく、その少しあとのように思う。ちなみに、建築士になったからといって給料はそんなに変わらない。しかも施工管理をいくつも持たされ自分を見失いかけたときもある。

三年前から業務自体、変わってきた。
しかし、人手不足のため僕も現場に入ることが多い。さらに、二年近く前、業務上でのある出逢いを契機に構造設計の基礎的なところを委託されるようになった。それがさらにまたある出逢いで昨年の海外出張となったわけだが、これらはウッドショックがなかったら、なかったことだ。
感覚的にはビルの上昇するエレベーターから外の景色を見るのと似ている。
一階からは常に二階からのひとたちに手ほどきしてもらわないと、何もわからない。
二階に到達して、あゝここは二階か、とだけ見て、一階のエレベーターボックスの状態だけわかる。けれども、一階からの景色の実態はまだわからない。三階に来てようやく一階の景色が見えてくる……。五階、六階では景色を見るのを忘れて高層ビルの中間地点である20階あたりを想像してみて、慌ててみる。七階ではなんとか15階行きのチケットゲット。エレベーターを一旦出て15階行きのエレベーターに乗り換える。
景色が三階の時とまったく違う。
10階でようやくそれまでの景色全体を見ようとしてみたら、いろんなひとが乗り込んで来て、そのひとたちとエレベーターを乗り継ぎのために乗り換える。
また見える景色が違うことに気づく。

エレベーターの動力源は僕自身と周囲の先輩や関係したひとたち。上昇スピードもそのため僕次第であったり、周りにつられることもある。階を超えてワープしていきなり20階に行くことは不可能で、一階に行くことはビルから出るときだろう。

スピードの匙加減はひとりで変えることはできず、周りに依存もしているが、少しなら変えられる。しかし、独りよがりに「変わった!」と思っても、周囲からは何ら変化なし、あるいは、いびつな変化と判断されたりもする。
そうすると、それを認めたくなくて、理由を探す。あるいは、目の前のことや自身のことに思考が停止したかのように捉われ続けて、視座が低空飛行のまま時間だけが過ぎていき、理由をまた探し始める───ルサンチマンに陥るリスクが上がる。
でも周りとスムーズにスピードを加速していくとその時はわからなくても、一つ階を上がっただけで景色が少し変わることに気づく。
どういう景色の全体を見たいのか。

12階を通過して、エレベーターの動力源そのものを工夫し始めた。
それまで想い描いていた全体に別のランドマークを入れたくなった。

そんな感覚。
階を上がるには動力源である僕がパワーを持っていないと上がれないのはエレベーターに乗り込んだ時もいまも変わらない。

午前中、納期だったものを出し終えて、実績評価シートってそういえばうちの会社あるのだが、この納期に出したものを加点しようと企んだ。
そうして、帰り道にnoteのアプリを開いていた。そこには僕が忘れかけていた素直で初々しい感情が綴られていて、僕は思わず励ましたくなり、偉そうなコメントをしていた。じゃあ僕のいまむかしってどうだっけな、とふと思い返してみた。
慣れとは恐ろしいものだ。
報われないどころか、建設業はハイパーホワイトなため、期待もしなければ気にしなくなってくる。そうでないひとたちは転職している──一概には言えないが。それはそれで、ある意味、賢い選択だと思う。ネジが数本抜け落ちているバカな僕はモノを造り、造ったモノを遠くから見るのが好きでこのビルのエレベーターに乗り続けている。頑張って報われることもあれば報われないこともある。
けれど、いまの風景を見ているのは、報われたかどうかではなく、「頑張った」と言い切れるから、見ているだけのことだろう。誰かに決められるものではなく、頑張ったずっと後になって、苦しくなったり踏ん張らないといけないとき、ふと遠くを見て、「頑張っていた」ことが自ずと見えてくる。そうして、いま目の前の逆境なり壁なりをのらりくらりとどうにかしようとエンジンを回す───ハングリー精神と名付けられるものかもしれない。

僕が景色を見ようと見まいと、宇宙では常に星が死んで生まれているし、太陽は燃え続け、光度を増す。やがて膨張し水星と金星は飲み込まれ融解し蒸発する。そのころには僕は月の超高層ビルから昔乗っていたあのビルの廃墟を眺めているかもしれない。

艱難汝を玉とす

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