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『野生のロボット』 ピーター・ブラウン

人の手が全く入っていない無人島。森、沼、草地、いたるところに動物たちが潜み、日々の暮らしを営んでいる。その野生の地を、人型のロボットが通り過ぎていく。その左足は、木でできた義足である――

映画化進行中

アメリカの作家ピーター・ブラウンによる小説『野生のロボット』は、「小学中学年から」を対象とした児童文学ですが、大人が読んでも十分に楽しめます。個性豊かな登場キャラクターたち、四季折々の自然や動物たちの暮らしの丁寧な描写、ラストにかけての盛り上がりなど、これでヒットしない訳がないという内容。ドリームワークスによる映画化プロジェクトが進んでいます(2024年後半に米国公開予定)。

物語と完璧にマッチしたイラストが豊富に掲載されています。これだけシンプルなのに暖かくて親しみを感じる絶妙な絵柄。

自然と文明

本作の核となるテーマに、非常に力強い、自然と文明の対比があります。タイトルからしてまさにそうですね。

もし、知的能力を持ったロボットが大自然の中に取り残されたら、彼女(ロボット)はどうするだろう?

「この物語について」(後書き)より

手つかずの自然と、文明の最前線たるロボット。動物たちは命をつないでいかなければ存続できませんが(文中ではかなりドライに弱肉強食が描かれます)、ロボットにはそもそも死という概念が曖昧です。ロボットが備える様々な知識と、動物たちが持つ知恵や哲学じみた本能は、両輪となってどちらも島で生きていく糧となります。

他者とともに生きていく

物語は、親を失ったガンの子どもを救うため、ロボットが動物たちに助けてほしいと話しかけることで、ターニングポイントを迎えます。困ったときに素直に助けてくれというのは、実はとても難しいことですよね。私自身もそう感じますし、「もっと早く助けを求めていたら結果は全然違っただろう」という出来事やニュースも多いです。

その難しさを乗り越えて、声を上げて助けてもらい、次は自分のできることで助けてあげて、信頼を少しずつ積み重ねていく。頼ることと頼られること。いつも完璧にこなすのは難しくても、誠実に努力を重ねることが、良い関係やひいては良い暮らしの基礎となるのだろうなと改めて思った次第です。

個性ゆたかなキャラクターたちも本作の大きな魅力このリスはチッチャという子リスでおくびょうだけどおしゃべり好きでロボットたちの良いともだちになりますいい味だしてます

野生化するAI

この本がアメリカで出版されたのは2016年。その頃は「人間社会での運用を想定したAIが野生化するなんてことがあり得るのか」という疑問もあったことと思います。

しかし今となっては、全然ありな印象です。例えばChat GPT、すごいですよね。外部データを与えてあげればすぐそれを取り込んで、その後の会話に生かしてくれます。

知性(AIのIはintelligence=知性)というものがそもそも、環境へ適合する能力を示していると思うのです。自然環境に放り込めば、その環境から得られるあらゆる情報・データを取り込んで、適合していくでしょう。それはもはや、人間の子どもがその環境から様々なことを学んで成長していく様子と変わりません。

果たしてロボットと我々はどこまで違う存在なのか、邪心が無い分ロボットの方が尊い存在なのではないか、そんなことをよもやまと考えます。

Making of The Wild Robot

作者のwebサイト(下記リンク)にて、本作(原題: The Wild Robot)の構想から出版までの経緯が綴られています。もちろん英語ですが、右クリックメニューから翻訳できます。イラストのスケッチや推敲中の原稿が豊富に掲載されているため画像を見るだけでも面白いです。

ここまで執筆過程が詳細に解説されているのも珍しいと思います。とほうもない膨大な推敲過程に圧倒されました。この物語を生み出すのに8年を要したそうです。最後の2年以上はこれにかかりきり。すさまじい……

この記事には、なぜこの島にこれだけ多様な動物たちがいるのかのバックストーリーも説明されていました。読み返してみると、それは本文中にも示されているのですが。島に「明け方協定」という不思議な仕組みが存在しているのも、これに関係しているのかもしれません。

本としての魅力、翻訳チームの熱意

緻密な構成で登場キャラクターも多いのに、児童文学としての目線をぶらさないのはさすがです。300ページの中に80章もあるという小分けぶりで、これなら少しずつ何とか読み切れる子供も多いのでは。分厚いので達成感もかなりのものでしょう。

翻訳も日本語レイアウトも素晴らしく、この本を最高の状態で日本の読者に届けたいという熱意が感じられました。右綴じと左綴じの違いに対応するため絵を反転させるのも、色々と試行錯誤があったのではないかと推測します。義足も原著と日本語版では反対になっていますね。

一点だけ気になるのは、ロボットの正式名称が「ROZZUM 7134型」と訳されているところ。原著では"Rozzum unit 7134"です。これは7134型というよりは7134号ではないかな。

シカのツノオウ・キャラメル夫婦と子供たち。動物たちのネーミングにも翻訳者のセンスが光る。

福音館書店のサイトで少し長めに試し読みできます。雰囲気を見てみたければ是非。でもこの作品は引き込む力が強いので、なんなら半分くらい見せても良いのではないかと思います。そこまで読んだらもう買わずにはいられませんよ、おそらく。

本作は文句なくお勧めできる名作です。純粋に物語を楽しんでも良いですし、AI、自然、文明、親子、コミュニティーなど多様な観点から考えるヒントを得ることもできます。

映画もそのうち日本に来るでしょうから楽しみです。続編『帰れ 野生のロボット』も読まないと!

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