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人類にとってのテクノロジーは、道具ではなく、人の拡張【グーテンベルクの銀河系#2】

『グーテンベルクの銀河系』の著者であるカナダ出身の英文学者、文明批評家マーシャル・マクルーハンが、無名の英語教師だった1940年頃、ある学会で語った発言を、ピーター・ドラッカーが、著書『傍観者の時代』で取り上げている。

「中世の大学は印刷本のおかげで陳腐化したといったまでは、常識として受け取れた。ところが彼は進んで、印刷本が教授法と表現法だけでなく教授内容まで変えたために、近代大学が生まれたと論じた。この男は、学問の新展開は、ルネサンス、ギリシャ・ローマの再発見、天文学の発展、地理上の発見、新たな科学とも、ほとんど関係がないと言っているようだった。逆に、それら人類の知的な発展こそ、グーテンベルグの新しいテクノロジーがもたらしたものだといった」(『ドラッカー名著集12 傍観者の時代』ダイヤモンド社 電子版も発売中)

“きっと退屈な話をすると思っていた無名の英語教師が、変なことを言い始めた”で始まるマクルーハンの回想は、ドラッカーの巧みな翻訳=言い換えでとても平易に理解できる。近代の世界観をもたらしたものは、コペルニクスやコロンブスではなく、活版印刷であると。

マクルーハンの著書は、実はかなり難解というか、ゴールが見えないほど回り道をするし、結局煙に巻かれることもある。俯瞰的に見ればロジカルな説得力にも欠ける文学論のような哲学のような文化人類学のような、むしろ詩的な文章ではあるが、1つだけ言えるのは、人類の近未来の予言の書としてはセンスが良いことである。

「電気によって我々は中枢神経を全地球的に拡張し、あらゆる人間経験に即時的な相互関係をもたらすことができる」(『グーテンベルクの銀河系』みすず書房)

「人間はテクノロジーによって、自らを変化させ、成長させる。他の動物が進化によって新たな器官を発達させるように、人間は新たな道具によって自らを成長させ新たな存在となる」(『グーテンベルクの銀河系』みすず書房)

つまり、人類にとってのテクノロジーは、道具ではなく、人の一部(拡張)なのだ、と。
キリンの首、象の鼻、うさぎの耳・・・海から上陸し空を飛べるまでに器官を発達させた動物の進化には、100万、1000万年が必要。人類の機能拡張の速度は速い。深海にも潜れるし、宇宙にだって行ける。

グーテンベルクの活版印刷から600年、最近の画像生成AIはあっさり不気味の谷を越えてしまったが、驚くべきは、ChatGPTはじめAIの進化というよりは、ちびっこやおじさんがガリガリ使えてしまうところ。感覚的にはインターネットの普及よりも民生使用の速度が早い。

著作権はじめ様々な課題と運用について混乱を招いているが、人類にとっては劇的な人間「拡張」のチャンスを得たことは間違いない。

61年のアポロ計画を象徴として、人類のテクノロジーが飛躍的に進化し、そして、テクノロジーへの幻滅と敵意が蔓延していく60年~70年代の半ば、1968年にマクルーハンは『グーテンベルクの銀河系』を刊行した。同年公開の映画「2001年宇宙の旅」では、猿が空に投げた骨が宇宙ステーションへと繋がる人類の誕生と進化(ヨハンシュトラウス!)からのAIの暴走と人類の超越までを描く。

アーサーCクラーク原作はもちろんSFだが、「道具=テクノロジーの発明」が、人類誕生・進化に繋がるイノベーションの到達点としてはなんだか歓迎できるハッピーな未来ではない。が、幸にして、現実世界では、HALは暴走していないし、スカイネットは自我に目覚めていないし、レプリカントは反乱を企てていない。

「GitHub Copilot」の試用を開始しました。ロジックを持って恐る恐る、但し確実に。 AIがシンギュラリティを越える時、人類がこれから到達する新しい存在が、SF作家たちが予言したようなクールでネガティブなものばかりでないことを信じ、人間拡張を推進したいと思う。

代表取締役社長 村田 茂
1990年、株式会社CBS・ソニー出版入社。音楽誌、コミック、単行本などの編集を経て、『デジモノステーション』を創刊、編集長となる。2007年に株式会社ソニー・マガジンズの代表取締役に就任。その後、統合先である株式会社エムオン・エンタテインメントの代表取締役を経て、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント デジタルコンテンツ本部の本部長に就任(現職)。2016年に株式会社ブックリスタの取締役に。2020年4月1日より、同社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。


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