コラボブックカバーのリアル (午郎’S BAR 8杯目)
牛乳石鹸ブックカバー、席巻する
10月から11月にかけて、書店界隈を賑わせたのは、「牛乳石鹸 赤箱 青箱 ブックカバー」である。文庫サイズのブックカバーに牛乳石鹸のパッケージをデザインしたものを、配布書店で文庫を購入した人にこのブックカバーを「巻く」。これが話題になっていて、このブックカバーをメルカリで出品する人も出るほどである。
最初は大阪の正和堂書店とのコラボで8月にこれを1000枚配布したところ話題となり、その後全国の書店がこれに追随する形となった。
今回は、たまにこうして書店で配布される「コラボブックカバー」について私の経験も交えて書いていきます。
コラボブックカバーの事例
過去こうしたコラボブックカバーは意外と多いのだが、今回のように話題になるケースはそれほど多くない。
コラボブックカバーとはブックカバーを広告媒体化したものである。つまり本来これは書店からすれば雑収入目的で行われるものであるし、広告主からすれば宣伝活動である。
過去の事例でいくと多分一番利用しているのはJTではないだろうか?
また、メーカーやサービス業、そして自治体など、意外と様々なクライアントがブックカバーを使った広告を利用している。
そして過去最高に話題になったブックカバーがこれ。
紀伊國屋書店でこのブックカバーをまかれたお客さんが旧twitterで「紀伊國屋で本を買ったら、永谷園巻かれた・・・」と若干ネガティブな感じでツイートしたところ、多くの反応があり、その日のトレンド7位に入るくらい。反応した人たちの殆どが「私も巻かれたい」「ほしい」などの声であったことを記憶している。
広告媒体としてのブックカバーの効果
広告媒体のブックカバーは基本「文庫」サイズのみになる。従ってすべての本に広告入りブックカバーが巻かれるわけではない。今回の牛乳石鹸ブックカバーも文庫本サイズのみだ。
さてここからがこのnoteの本題になる。ブックカバー広告は広告媒体として効果があるのか?
結論から言うと、効果はその目的とデザイン次第、である。これは私の経験上の話だ。
私は前職時代、こうした書店店頭での広告媒体を扱っていた。それなりの場数も経験した。その中で一番悩ましい媒体、それがブックカバーである。
なぜ悩ましいかというと、モノによっては書店にクレームが入る、且つクライアントはお金を払って不興を買う、というケースが存在するからである。
本来ブックカバーは読者が何を読んでいるかを隠すものであり、本を守るものでもあり、且つその書店の広告でもある。前提が「他人に見せるもの」でもある(読んでいる時は見えないもの)。つまりブックカバーの見え方を読者は気になるものでもある。書店オリジナルのブックカバーはそのあたりを熟知しているので、地味な色が多く、且つ本や木などがあしらわれたデザインが多い。しかし広告の場合どうしても様々な情報を訴求したいという欲求が強く働き、派手な、悪く言えば下品なデザインが出来上がる例が多い。
過去の悪い事例は某自動車会社がその当時販売に一番力を入れている車の広告をブックカバーで訴求した。また、似たような時期に王手ゼネコンが都内に建築中のマンションの広告をブックカバーで訴求した。
その結果、双方とも配布した書店に「新聞の折り込みチラシのようなもので本を巻くな」というようなクレームが殺到することとなった。
こうした広告案件は広告代理店を通じて書店に入るケースが多いのだが、それ以降この書店はブックカバー案件の場合は事前に厳密なデザインチェックを欠かさないこととなった。
このデザインの善し悪しと直結しているのが、ブックバーを通じて何を顧客に訴求したいのか?というプロモーションの目的である。
クライアントが訴求したいものは大別すると2つだ。
①クライアントのブランディング(イメージアップと会社の認知拡大)
②商材やサービスの認知拡大
この2つの訴求目的において、①は意外とイメージ重視になるため、デザインが重視されることになる。しかし②の場合、商品やサービスを前面に出すため、どうしても前出の「折り込みチラシ」のようなデザインになってしまうケースが散見される。その結果クレームに繋がる、と言うわけだ。
しかし反面、今回の牛乳石鹸のような「デザインが良い」と認識されるブックカバーは想像以上の「認知効果」を生み出す。
私はかねてからブックカバーでは商品やサービスの訴求は難しい、と思っていたが、今回の件で、デザインさえはまれば商品訴求でも十分な効果が得られる、よってデザインこそブックカバー広告の命である、と改めて認識した。
牛乳石鹸ブックカバーの配布は広告案件か?
これはあくまで私の推測の域を出ないのであるが、今回、このブックカバーを最初に配布した正和堂書店さんは牛乳石鹸共進社さん(牛乳石鹸の製造元)から広告料を頂戴していないのだろうとみている。
そもそも正和堂書店さんはブックカバーやしおりで話題を作り、書店への来店動機にしようという施策を過去数度行ってきた経緯があり、今回もそのパターンであろうと思う。
そして11月に全国的に広がった配布書店をみて、それはある程度確信に変わった。参加書店に紀伊國屋書店、丸善ジュンク堂書店、三省堂書店が殆ど入っていない。代わりに実に幅広く全国の書店を網羅している。
上記の大型チェーン3社が入っていない理由は「広告事業としての取り組み」ではなかったからだ。この3社にはブックカバーに関する明確な規定、つまり自社オリジナル以外のブックカバーを配布する場合「媒体費」を頂戴する、というルールがあるので、その媒体費が支払われない、或いは支払われたとしても自社規定の「金額」に達していないオファーの場合、断らざるを得ないからだ。
今回参加している書店もやはりこれを契機に来店客を引っ張りたい、との思いが強かったのであろう。
顧客サービスと収益確保のはざまで
今回のnoteの主題はここである。
コラボブックカバーは顧客サービス(お客様に喜んでいただき、且つ来店動機にもなる)で留まるのか、それともそれにプラスして広告要素を入れるのか?
私は後者であったほうが良いと考える。
正和堂書店さんの最初のブックカバー施策は、デザインはオリジナルで、且つクライアントの広告要素はないから、当然前者の「顧客サービス」で良い。しかし、今回の牛乳石鹸ブックカバーは牛乳石鹸共進社のブランディングでもあり、商品訴求でもあるし、それなりの「宣伝効果」が出ている。つまり図らずも「広告事業」なのだ。
以前から書店はこうしたコラボ案件でお金を頂戴していないことが多い。その理由が「地域貢献」であったり、「広告費を取るのは浅ましい」であったり、「広告事業など経験していない」からであったりする。
また依頼主も「書店はこうしたものにお金を取らない」「公共性がある」(これは実に変な誤解なのだが)等の理由でビジネスではなく、お願いとして持ってくるケースが散見されたし、書店側もそれを受け入れてきた。
来店動機になるから広告料は取らない、ではいつまでたっても書店の持つ機能を活かすことは難しい。つまり「安売り」なのだ。
最近さらにハウスバーモントカレーのブックカバーが全国の未来屋書店で配布されるとの報道もあった。これは明らかに広告である。そう断言するのは、その報道に「大手印刷会社と組んで」とあったからだ。大手印刷会社は印刷だけが仕事ではない。顧客のプロモーション提案を通じてパッケージの印刷を受注するケースも多く、そのひとつとして今回のブックカバーでのプロモーションがクライアントに採用された、と見ている。しかし一方で未来屋書店はこの牛乳石鹸ブックカバーにも参加している。
ここに一定の迷いが感じられる。多くの書店もそうだろうし、前出の大手3チェーンの中でも数店牛乳石鹸ブックカバーに参加している店舗もそうなのだ。ある事例ではお金を取らない、ある事例ではお金を取る。これでは事業として発展は難しい。もし私が前職在籍時にこのような事例が発生したら、参加した店舗に「厳重注意」をしていたことだろう。
多分ここで「書店は広告事業をすべきなのか?」という疑念が出てくるであろう。多くの書店員は広告事業に反対するかもしれない。しかし書店の現在の経営状況を鑑みると、活用できるものは本業を阻害しない範囲で対応すべきでは無いのだろうか?
大手チェーンはこの広告事業に専属で数名人員を投下している。裏を返せば人員を投下できる利益が確保できているからだ。書店それぞれの「媒体価値」は異なるので、すべての書店がそれをできるわけではない、ことは重々承知しているし、私も「書店よ、広告事業をやりなさい」と言いたいわけではない。単に人員を投下しても広告事業を成り立たせるためにはいくつものハードルを乗り越え、継続的に売上が確保できる状態を作り上げなければならないからだ。
また多くの書店ではチェーン本部には広告事業を取りたい、という意識を持っている人が多いのだが、それを現場(実施する店頭)に浸透させ、且つ遺漏なく実施することが難しい。現に私も前職でこの事業を組み立て実施する際、一番苦労し、時間を費やしたのがこの部分だ。今でこそその書店は現場の意識も統一でき、非常にスピーディーに、且つクライアントと顧客に喜んでいただけるように工夫できるようになったが、その域まで達するのに3年かかっている。
私には私に「広告事業とは?」を叩き込んでくれた人たちがいたし、且つ書店側の全面的なバックアップもあったのでそれが達成できたのだが、それを個別の書店で行うのはかなりハードルが高いことも承知しているので、安易に「書店よ、広告事業をやりなさい」とはとても言えない。
今後増える可能性も
しかし、今回の牛乳石鹸のブックカバーの反響は大きいと推測する。あとを追うようにハウスバーモントカレーブックカバーが実施されているのがその証拠である。
ただ、書店側からこうした広告ができる、という発信は殆どされていないので、どこの誰に相談すればよいのか?がクライアントは認識できていないのが現状だ。おおよその費用感(書店で多少値付けは異なるが)、クライアントの訴求したい顧客層に適した店舗編成、利用する書店側の広告メニュー選択等をクライアントの要望に合わせて提案できる存在は、多分日本に一人しかいない。手前みそになるが私である。
私は前職時代に様々なメニューを経験し、また、様々な書店経営者層とこの広告事業のお話しをしており、且つ、他の書店さんに広告事業案件の紹介も行ってきた。どの書店で広告事業のどういったメニューが実施可能で、一定のコスト感も認識している。私の在籍時、広告案件を受注してくる親会社の営業がクライアントに書店を活用した広告提案する際の提案は殆どが私が作っていたようなものだった。その結果私が退職した後、その役割を代わりにできる人材が不在になったため、今でもその親会社からたまに相談が来ることがある。
今回の牛乳石鹸のブックカバーの報道を目にし、余計に私の持っているスキルをどう生かすかを考えないといけないと思いこの文章を書いている。
書店にはまだまだ過去に積み上げた「信用」という財産があり、情報を発信する場、という機能もある。それを有機的に活用することを通じて、顧客も、クライアントも、そして書店も喜ぶような、そんな機能である「広告事業」を多くの人に認識いただけると幸いである。
また、ブックカバーの「可能性」を示してくれた正和堂書店さんには本当に感謝したいと思うと当時に、これを一過性で終わらせない取り組みが私を含めて、書店業界には求められていると思う。
午郎’S BAR 8杯目「響」(Japanese Brended Whisky)
8杯目は日本のブレンデッドウィスキーの最高峰、響。
日本ではシングルモルトの方が良い、みたいな風潮があるが、シングルモルトは特徴深いが、ブレンデッドの方が呑みやすく作られている。山崎よりも響の方がそういった意味では幅広い人から好まれやすい。
阪神タイガースファンの私が、今年のオリックスとの日本シリーズ観戦の際、初戦と7戦目には響をお供にして、見事両試合ともオリックスを圧倒した、ある意味縁起の良い(私だけだが)ウィスキーである。これを呑めば阪神が勝つなら・・・懐は寒くなるが。