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「哀の唄は夜響く」 下編
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創作小説「哀の唄は夜響く」下編
どこをどう逃げたのか、もう分からない。ただ不思議なことに、私はいつの間にか次の目的地――要するに、少し前に使ったトイレに着いていた。
「こ、怖かったぁ……そうだ、お財布探さなきゃ。トイレにも着いたんだし」
相変わらず電気はつかないし、スマホの充電は切れたまま。でも、目がもう闇に慣れている。何があるのかぐらい、ちゃんと見える。大丈夫。私はトイレへと足を踏み入れた。
――結論から言おう。財布は、無かった。
となったらやはり、あのお化け屋敷の中? あそこだけはちゃんと探しきれていない。でも、あそこには戻りたくない。だって、だって、間違いなく人ではない何かがいたんだから。そんな怖いところ、行けない。絶対無理。
どうしよう――。
体から力が抜け、思わずくず折れる。思考が停止したその時、突然頬が濡れ、滴が手に落ちる。働かない頭に疑問符が追加され、ますます何がなんだか分からなくなる。
なんで濡れるの? この滴は何? もう嫌だ。
「――誰か、助けて……」
ぽろり。口から、そんな言葉がこぼれ落ちた。
『――ようやくその言葉が言えたわね。ずーっとあたし、待ってたんだから』
そんな声が、聞こえた気がした。
『ほら、顔を上げて』
顔を上げると目の前にいたのは、黄緑色の美しい目を持つ女の人。
「あなたは……?」
『あたし? あたしはペリドットよ。まさかあなた、忘れたの? あなたがあたしがついたイヤリングを買ったんじゃない』
確かに私はペリドットのイヤリングを買ったけど、でもまさか……人になったなんて信じられない。
『信じられないなら、耳たぶ触ってみなさいよ。イヤリング、ないでしょ?』
言われてから、気付いた。私の耳にイヤリングがないことに。そして、目の前に立つ彼女は腕輪や足輪をつけていて、同じ色のネックレスさえつけていること。それらはイヤリングの金具部分と、同じ銀色だということに。
『……ま、あたしがペリドットと言われても信じがたいわよねぇ。それがしょうがないってことは分かってるわ。で、小夜ちゃん。あなた、お財布探してるんでしょ? あたし、ありかを知ってるわよ』
「えっ⁉︎ どこ?」
『ついてらっしゃい』
彼女を追いかけ辿り着いた先は、お化け屋敷だった。
『ここに隠れてる寂しがりやさんが持ってるわよ。――夜の精霊! いるんでしょ、出てきなさい!』
彼女が入り口に向かって声を張り上げると、『分かったから、大声は勘弁して……』と一人の少年が――。
「キャーッ! あ、あんた、さっきの!」
現れたのは、そう、あの人ならざる者だった。
『ほらあんた、小夜ちゃんに謝りなさいよ。あんなに驚かせて、大事なものも隠して!』
『……お、驚かせてごめんなさい。僕、夜の精霊。昔は、一緒に遊んでくれるひとがいたんだけど、最近は僕のことが見えないひとが増えたから……寂しくて、つい、悪戯を……。月を赤くしたり、突然電気を消したりもしたし、灯りの電源を落としたのも僕……お化け屋敷ではお化けの真似をしてみたり……あ、あとこれ……返すよ。本当は、カフェをやってた教室に空き忘れてあったんだ』
さっきとは打って変わって、おどおどとした少年は、私にお財布を差し出した。流石に突然夜の精霊だと名乗られても困るが、宝石が人間に変身している今、それを疑うわけにもいかず。
「もうっ、本当にびっくりしたんだから! ……でも、財布返してくれて、ありがとう。寂しかったんだね。どうやら私の目には見えるらしいから、たまには遊び相手になってもいいよ」
あ、でも怖がらせるのは一切無しで、と付け加えると、夜の精霊は嬉しそうに笑った。約束だよ、と差し出された小指に私の小指を絡めると、ひんやりとした風が私を包み込んだ気がして……。
――気がつくと、教育棟の入り口に戻っていた。
ペリドットと名乗った彼女が消えた代わりに、イヤリングは元のように耳についている。そして月はもう赤くないし、大学構内はまだ明るい。スマホを確認すると電源は落ちていないし、まだ86%も充電が残っていた。
今までのことが夢だったのかと思ったけど、間違いなく財布は手の中にある。そして、私は声を聞いたんだ。
『悪戯してごめんね。でも、楽しかった』
そういって笑う、夜の精霊の声を。
〈完〉
ほんの少し、設定のお話。
ペリドットが小夜ちゃん(主人公)の名前を知っているのは、昼間に主人公の友人が彼女を「小夜」と呼んでいるのを聞いていたからです。最初は宝石の精霊にしようかと思いましたが、現れる時にイヤリングが消えた方が分かりやすく、主人公も信じやすいかなと思い変更しました。
物語の舞台は、お気づきだとは思いますが、とある大学です。主人公の年は想像にお任せします。
拙い文章だったと思いますが、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!