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13.「入門テスト」

「おお!おまえか!」
くらいの感覚で迎え入れられた。

ここ数ヵ月通っていた道場ではあったが、今までとは違う緊張感が漂っていた。
あっちとしてもプロレス談義で慣れ親しんできた奴が同業者になるかもしれないと思うと堅くなるし、その日は当然試験管である先輩方が来ている。

今まで普通に喋ってくれていた人達はその日だけは気安く喋れる距離感ではなくなっていた。

応募者はもう一人いた。
身長はおよそ185センチくらいかと思う細身ではあったがスラッとした長身の人だった。
しかもキックボクシング経験のある、自分のようなただのファンからしてもいわゆる「逸材」と呼べる存在だった。

「スクワット300回!」
と号令が入る。

いよいよ始まる試験ではあるが、ここ数ヵ月上がらせてもらっている道場のリングではあるのでそこまでの緊張はなかった。
ただ、固い床でやってきたスクワットと比べてリングマットには多少の弾力があり、腰を降ろした時の弾力と反動があるのもあるが、足腰の馬力が発揮出来ないという長所短所があり、回数自体は不安は無かったが、実際の実戦の場となると不安はあった。

ただ、スクワット300回は自分にとっては何の苦にもならなかった。

「ジャンピングスクワット!!」
ここからが本当に不安だった。
結論から言うと出来なかった。
30回×5セットが出来なかった。
というよりも試験のテンポよりも遅れてしまった。
ここで試験中ではあるが精神的に弱味が出てきてしまった。
もう一人の人はちゃんとこなしていた。

「不合格」という二文字が脳裏を横切ってきた。

ただ、それでも試験は容赦なく続く。
「ライオンスクワット30回×5セット!」
これはこの道場で教わった事を忠実に実践してきた。
難なくクリアしたが、もう一人は全く初めての運動と言わんばかりにこなせなかった。
ここで自分の道場との密着ぶりが出た気がして、またジャンピングスクワットの失点を多少返せたような気がした。

「腹筋100回!」
これも出来なかった。
80回の辺りでペースが遅れ、テンポ通りの回数はこなせなかった。

「背筋100回!」
これはこなせた。

「ブリッジ3分!」
これは本当にこの道場のお陰で出来るようになった。
ブリッジは反る事により首、喉、呼吸が侵害されるが、これはもう経験としか言いようがない。
また、もう一人は全く出来なかった。
やはり密接に道場と繋がっていた自分にこの辺は分があったと思う。

つまり、基礎体力はあちら、プロレスの具体的な体力は自分が勝ったと言っていいと思う。

その後二人同時に面接があり、もう一人が言った。
「社会保険はあるんですか?」

メジャー団体ではないのでそれはないだろうと想像はしていた。
そもそもプロレス自体がメジャーカルチャーではない為終身雇用してもらえると思っていたんだろうか?

そこが否定された際「そうですか・・・」
と期待外れのような雰囲気だった。
もしかしたら彼にはそれ以外の人生の選択肢が既にあったのかもしれない。

が、しかし「ここがチャンス!」と言わんばかりに自分は畳み掛けた。
自分の将来を計画出来ている人間がむしろそうそういるか?

自分の団体への愛をとことんぶつけた。
かっこ悪いかもしれないが団体愛を包み隠さずぶつけた。

もう一人がキックボクシングの経験があり、最後に試しにスパーリングをするという事があり、正直やはり引け目はあったが、正直何とも言えない複雑な心情で試験は終わった。
もう一人とは帰りの駅で清々しく別れそれぞれ散っていった。

合否は後日電話連絡となった。


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