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ヤバイTシャツ屋さん「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」の批評性

歌詞を見るのが好きだ。
CDを買っていたときは必ず歌詞カードを見ていた。
そのうちネットに歌詞が掲載されるようになって俺トクになった。
そういう人は多くはないらしい。

歌詞ちゃんと読んでくれてるのなんて 君ぐらいだよ thank you

ヤバイTシャツ屋さん「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」

たしかに歌詞を気にしないリスナーもいるけど、人は人だ。
メロディーやリズムと同様、歌詞だって創作物に変わりはない。
ヤバイTシャツ屋さんはコアな音とキャッチーなメロディで人気だが、歌詞は一般受けしない風刺とナンセンスな笑いに満ちている。
聞かれていないから平気かと思いきや、コアなファンはちゃんと読んでいるし、紅白に出られないのはそのあたりが理由かもしれない。

ヤバTの批評性が炸裂した「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」の歌詞を見てみよう。

鬼POP激キャッチーで最強でハイパーでウルトラなミュージック
ばりハードル上げていいんか もういいんや もうくぐったらOK
お利口で毒っ気も何もないのは 似合わんからもうええ
歌詞ちゃんと読んでくれてるのなんて 君ぐらいだよ thank you

ヤバイTシャツ屋さん「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」

一行目はタイトルにもなっている「鬼POP激キャッチーで最強でハイパーでウルトラなミュージック」。
これを見て感じるのは「品がよくない」。
一昔前の暴走族の「夜露死苦」みたいな過剰さ。横文字を使っているのに、都会的なソフィスティフィケーションとは真逆。「激キャッチー」と自画自賛すればするほど、上品なリスナーを遠ざけている。
もちろん、わざとだ。
ニ行目で「ハードル上げていいんか」と、リスナーの「ハードル」をあえて上げたことが表明される。
この曲は3枚目のシングル曲。ひとつ前のシングルがバズってオリコン2位になったので、うちらいつもはもっとクセのあるバンドでっせと偽悪的に自己紹介しているのが三行目。
かと思いきや、ハードルを越えられる人だけついてこいではなく、ハードルが高いと感じた人は下をくぐってくればいいじゃんと間口を広げている。
音楽の楽しみ方なんて人それぞれだから、歌詞でもノリでも少しでも楽しめる部分があったらそこだけでも楽しんでねと腰を低くしている。
「オレについてこい」一辺倒のオラオラ系ではないのだ。

すんごい語彙ないぐらいが すんごい気持ちいわい 祝い わいわい
理屈っぽいぐらいなら安っぽいがいい わいわい 祝い わいわい
皆 思い思いの捉え方に try try してちょうだい
無意味に意味を求めてもいいじゃない 今夜は 考察 tonight

ヤバイTシャツ屋さん「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」

サビを挟んでセカンドヴァースは、雰囲気が変わる。
一行目、「すんごい語彙ない」と自虐的に述べるように「わいわい」と繰り返し、それが「すんごい気持ちいい」と反転させる。
ニ行目、「理屈っぽい」より「安っぽい」ほうが、身体に直接響かせる音楽として楽しめるものになるからだ。
だからこの部分の歌詞は、とても安っぽい。
その代わりに「い」の脚韻を何度も踏んで、気持ちよく歌に乗れるようにしている。
だから四行目は、無意味な歌詞にも意味があるよと「考察」を求めている。
当初のヤバTは「歌詞に意味がないコミックバンド」と思われていたからだ(最初に作ったのが「ネコ飼いたい」と連呼するだけの歌だったし)。
しかし実は、ヤバTほど歌詞に批評性のあるバンドはそうそうない。

無料サイト 動画サイト 違法アプリで音楽垂れ流し
もうCDに価値はないんか もはやバンドはTシャツ屋さん
伝えられへん方が悪いんか 聴き流すのが悪いんか
いつかヤバみな深みに気づいてくれるなら それでええ 待ちます

ヤバイTシャツ屋さん「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」

この曲の発表は2018年だが、当時は音楽業界の冬の時代だった。原因はCDの売上不振だ。
違法の音楽共有アプリをはじめ、ネットでいくらでも音楽が聴けるようになって、CDを買う人は減っていた。当時のCDの売上は全盛期の3分の1だ。
その後、違法アプリへの対策として音楽業界が有料配信に力を入れるようになって、業界の売上は持ち直したがCDの売上は下がり続けている。

CDが売れなくなってミュージシャンはライブと物販に力を入れるようになった。モノ消費ではなくコト消費と呼ばれるアレだ。
たぶん今では、多くのバンドの収入はアーティストTシャツやラバーバンドなどのグッズ販売に支えられている。
そのような状況を皮肉ったのがニ行目の「もはやバンドはTシャツ屋さん」の一節。2012年に結成されたヤバイTシャツ屋さんのバンド名そのものが、壮大な前フリになっている。
そして三行目からは再び「ヤバTの歌詞には意味がない」という世の中の言説への恨み節。
歌詞の意味を伝えられない自分たちが悪いのか、メロディーが速すぎて歌詞を聴き流すリスナーが悪いのかと自問自答したうえで、気づいてくれるまで「待ちます」としめくくっている。
このあたり結構ストレートに「深み」があると言ってしまっているのはらしくないとも言えるし、ここまで言わなきゃ伝わらないとの諦めにも見える。

CDが売れなくなったのは音楽共有アプリだけでなく、YouTubeなどの動画サイトでMVが見れてしまうからでもある。
もちろんMVを流しているのはレコード会社だし、それは宣伝のためには必要なことなのだけど、かつて宣伝のために曲を放送してもらっていたテレビやラジオと異なり、動画サイトの利用者は聴きたいときにいくらでも自由に曲を聴くことができる。
シングルCDを買う必要なんてなくなってしまった。
だからかどうかは知らないが、ヤバTはこの「鬼POP激キャッチー最強ハイパーウルトラミュージック」のMVで、演出にメンバー3人がツッコミのナレーションを入れるという手法で、MVではきれいに曲を聴けないようにしている。最初のサビまではまともに聴けるが、そこから先はメンバーの面白トーク込みの視聴になる。
これ、たぶんYouTubeだけで満足しようするライトなリスナー対策なのに、演出とトークで、DVDにおける副音声のように、MVだけのファンサービスのように見せてしまうから嫌な気持ちにはならない。
やはりヤバTは一筋縄ではとらえられないバンドだ。


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