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くすり【薬】(しりとり小説第8話)

病気や傷の治療のために、あるいは健康の保持・増進に効能があるものとして、飲んだり、塗ったり、注射したりするもの。医薬品。「胃の―」

心やからだのためになること。特に、あやまちを改めるのに効果のある物事。「失敗もいい―になるだろう」

デジタル大辞泉

ぼくは本当に、昔からぼくが嫌いだ。
今年で28になるけど、頭は悪いし気が利かないし要領がわるい。おまけに人を妬むし嫌うし悪口を言う。適度に自分や他人に嘘をついて、自分を保とうとする。好きなこと、夢中になれることなんて思いつかないし、将来へのビジョンもない。なんとなく周りにおくれを取らないように必死になるけど、ずっと偏差値55くらいの結果しか出せない。いっこくらい、心から好きだと思えるもの、夢中になれるもの、他は全部偏差値30でいいから、何かひとつだけ、偏差値80くらいを取れるものが降ってこいと願うけど、見つからないんだ。すぐ飽きちゃうんだ。楽しくないんだ。

でもね、時折急に元気になるときもある。もうハイテンション。自信満々。アイデアだってたくさん浮かぶし、筋トレやジョギングだってしたくなる。親や友達に感謝の気持ちが芽生えるし、嫌いな人にも「彼なりの信念もあるんだもんな」と許せてしまう。「辛くなった時も、今の気持ちを忘れないでいよう」って、「いまの自分を好きになってあげよう」って、笑顔が溢れる。

でもまた、嫌なことがあったり、誰かの成功に焦りを感じると、暗い掌がぼくを捕まえにくる。ついさっき見つけたはずの、捕まらずに抜け出す攻略法を試してみるけど、どれもダメなんだ。25年くらいずっと攻略できないんだ。きっと円周率みたいなものなんだ。

そんな時、薬を飲むんだ。
それは例えば抗うつ剤、頭痛薬、風邪薬、ダイエット飲料、ヨーグルト、自己啓発本、衝動買いしたサイズの合わないジャケット、英会話教室、卑猥な動画、黒酢ドリンク、睡眠導入剤、お腹を満たして眠くなるための唐揚げ弁当と牛カルビ弁当のセット、ダイエット本、本当にさまざまなんだ。

でも、それらはほんの一瞬、ぼくを元気な方へ導いたあと、また暗い掌が迎えにくるんだ。だからまた、ぼくはぼくを嫌いになる。この繰り返し。これを、記憶がある頃からだいたい25年。それだけ積み重ねれば、そりゃあ何度も生きるのが辛くなるよ。元気な方と暗い掌と、もうひとつ、行ったら二度と戻れない場所に、行こうかと迷ったことも何度もあったよ。でも、何かがギリギリのところでぼくをそこに行かせないようにしてるみたいなんだ。だからぼくは今日も、ぼくが嫌いなぼくのまま、今日を生きてる。

本当は、もう分かってるんだ。
たった一つだけ、願いが叶うのだとしたら、もう「薬」なんて、ひとつもいらないんだ。
何も強さなんてなくていいから、それを受け入れられる心がそこにあって欲しいんだ。むしろ、身体の中をぐるぐる回っている「薬」を、ぼくの中から全部、吸い取って欲しいんだ。「薬」なんて欲しくないんだ。

「ああなるほど」と、少しだけ元気が歩み寄る。
つまりぼくは、そんなぼくを受け入れることができればいいんだ。嫌いなぼくを許せばいいんだ。そうすれば、きっともう、何にも辛く感じなくなるんだ。と。また攻略法が頭に浮かぶ。
でも見ててごらん。この思想だって、結局は「薬」になるんだよね。つまり、いつか効果は切れるんだ。わかってる。わかってるよ。

でもね、もう少し粘ってみるね。
「楽」になるのは、もう少し先でもいいさ。
そうやって生きる、あらゆる人に、幸あれ。

To 元気な方にいるぼくへ。
From 掌につかまれたまんまのぼくより。

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