現代おビョーキ大全〔強心症〕
心臓に毛が生える病気である。産毛から始まり、縮れ毛、剛毛とその種類はさまざまだが、普通なら生えない部分に生えるというのがこの病気の特異なところである。
毛根もないのになぜ毛が生えるのか。そのこと自体も大きな問題だが、発毛の結果、本人の人格が大きく変化し、罹患した人の周囲の人たちにまでさまざまな弊害をもたらすことになる。
【症状】
社会的な規律や道徳、人間関係など、さまざまな面で周囲に不快感や実害をもたらす。もちろん、罹患した当人にとっては自然にふるまっているつもりであり、罪悪感などはかけらほども持ち合わせていない。
したがって、この病気にはまったくと言っていいほど自覚症状がない。それだけに厄介である。
ただし、尾秒木大学の強井真造教授の研究によれば、産毛が生えた程度の段階では、ある程度良識や倫理、道徳などの観念が残っていることから、症状を自覚している場合もあるという研究結果が出ている。
よく見られる具体的な症状の例をいくつか列挙する。
●なんの行列であろうと平気で割り込む。
●人前で唾を吐いたり放屁したりする。
●借金やお釣りをごまかす。借りた物を返さないこともある。
●試食会で腹いっぱい食べる。さらに持ち帰ろうとすることもある。
●銀行の窓口や車のディーラーなどでサービス品を催促する。
●自分からかけた電話は早く切るが、かかってきた電話は長話をする。
●電車やバスに乗ると他の乗客を押しのけて座ろうとする。
●なんでも値切る。無駄とわかっていながらやる場合もある。
●待ち合わせの約束を守らず、平気で遅刻する。
●相手のことなど考えず、悪口を言ったり批判したりする。
●他人の不利益になることはおもしろ半分で傍観するが、自分のこととなると口から泡を飛ばして反対や抗議をする。
【原因】
逆境や不遇な生活環境に育ったというような後天性の原因もあるが、ほとんどの場合は遺伝による本人の人格など、先天的なものである。
なお、時代によっても原因は異なる。例えば、図太くなければ生きるのが困難だった戦中や、戦後復興期の一時期などは、劣悪な環境下にあったせいで後天性原因の比率が上昇し、先天性原因に伯仲していた。
しかし、経済的な面などで社会の環境が良くなるにつれ、後天性原因は減少傾向となった。図太さは徐々に必要とされなくなっていったからだ。
カザフスタンのケガハエータ大学教授ソラミーロ・イワンコッチャナイ氏は、自著「もう安心、こうすれば毛が生えない量子論」のなかで以下のように述べている。
「先天性、つまり遺伝性の原因は、環境に関係なく常に一定の割合で発生するため安定している。それに対し、後天性の原因は主として環境に影響されることから、発生(発症)状況は不安定である」
【治療】
根本的に治療することは不可能である。バカに対するのと同様につける薬もなく、手術もできない。
せいぜい一時的な対症療法が存在するのみである。対症療法と言っても、罹患者に対して優位な立場である者が教えさとすというだけのことである。
例えば、罹患者が若い独身男性で恋人がいる場合なら、その恋人が罹患者に対し、「でしゃばるとみっともないから控えめにしてよ」などと、つきあいや結婚をエサに説得する、というようなことである。
ただし、このケースでは、結婚後は説得の効果が徐々に薄れていくので、悪化しないようこまめに観察する必要がある。
【予防】
徹底した人間教育や道徳教育により、ある程度は予防可能であるが、実際には潜在している因子が発現するのを抑制しているだけにすぎず、原因そのものがなくなったわけではない。
教育を怠れば、わずかな刺激によって発症するおそれがある。例えば、駅前や街頭などで、何かのPR用ミニティッシュを配っているところを目にした場合などは、まるで引き寄せられるように近づいて行ったりする。
したがって、監視の目を緩めないようにすることが肝要となる。
【その他】
発毛剤や養毛剤を手がける製薬会社が頭髪への応用を狙い、心臓に発毛するメカニズムの研究に乗り出している。
日本では東京のカール製薬と大阪の茂邪薬品が先行しているが、アメリカのヘアリンモンロー社ほか、大手の新規参入も相次いでいる。
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