連載・生駒里奈の言葉♯4番外編「とにかくすべてにおいて彼女は速かったです」(「ガールズルール」収録個人PV「生駒里奈、踊る」監督・熊坂出氏談)

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 ぼくが映画界でいちばん好きな俳優が、三船敏郎である。これは中学時代に黒澤明の映画にハマって以来、変わっていない。

 三船の演技には(特に黒澤作品においては)、照れや遠慮がまったくない。 それまでの日本映画におけるルールやお約束などお構いなしに、走り、吠え、泣き、斬り、肩でぜいぜいと息をしている。

 

 三船を自身の戦後から『赤ひげ』(1965年公開)までのほとんどの作品において主役として起用した黒澤明監督は、彼の俳優としての魅力を次のように語っている。

「三船は、それまでの日本映画にはない、類まれな才能だ。ともかくそのスピード感は抜群だ。普通の役者が10フィートで表現するところを、三船は3フィートで表現してしまう。しかも驚くべき繊細さと感覚を持っている。めったに役者に惚れない私も三船には参った」(黒澤の自伝『蝦蟇(ガマ)の油』より)

 ぼくはこの賛辞を、乃木坂46の生駒里奈にも送りたい。そしてぼくがその理由を書き列ねるより、これまで一緒に乃木坂46の活動を通して生駒と仕事で関わったクリエイターの言葉を並べたほうが納得いただけるだろう。

最終的にオーディションで選んだ3人はもちろんですが生駒さんも、とても魅力的でした。一人だけ他の方とは違う印象を受けました。瞬発力も良かったです。(「君の名は希望」MV監督・山下敦弘)
生駒ちゃんは本番で火がつくと印象がガラっと変わりました。表情がころころ変わるので、撮っていてすごく楽しかった。(「シャキイズム」MV監督・柳沢翔)
とにかくすべてにおいて彼女は速かったです。楽曲を元にダンスの振り付けを考える、衣装を決める、そして本番で踊る、すべての課程において誠実に悩み、答えを見つけ、スピーディに実行に移してくれました。こっちが何も言わなくても彼女は勝手に障害を見つけて乗り越えて行こうとする。誠実な成長力によるものだと感じました。(「ガールズルール」収録個人PV「生駒里奈、踊る」監督・熊坂出)
飲み屋街というアイドルとはかけ離れた空間で絡まれたりしながらも全く動じず、オレンジジュースを一気飲みする生駒の姿を見て、作品に入り込む集中力の高さが印象に残りました。(「夏のFree&Easy」MV監督・丸山健志)
生駒さんは本番直前まで場を和ませていても、本番はスイッチを切り替えており、女優さんだなと思いました(「太陽ノック」MV監督・三石直和)
18人を撮影した時間と場所、全てに印象的なエピソードがありました。特に生駒さんのダンスはカットの声がかけられなかったです。(「羽根の記憶」MV監督・岡川太郎)

 以上すべての発言は雑誌『MdN 乃木坂46 歌と魂を視覚化する物語』からである。

 黒澤明の三船敏郎評、乃木坂46の作品に関わったクリエイターの生駒里奈評で共通しているのは、“スピード感(瞬発力)”だ。

 ぼくは表現におけるスピード感というのは、単にA地点からB地点までを移動する物理的な速度のことではないと考えている。最短時間で表現を受け手に届けることのできる能力のことだ。

 そのような表現を可能にするには、表現一つひとつに意味や物語性を帯びていなければならない。

 PASSPO☆やHKT48、NGT48などの振付けを担当している竹中夏海氏は、「生駒さんのダンスにはウソがない」と語ったというが、生駒のダンスは表情から関節の動き、ぴんと伸びた指先に至るまですべての動きが表現となっている。

 ひとつ代表例をあげると、乃木坂46の16thシングル「サヨナラの意味」MVのほんの1カットで見せた表情と振り。

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 フイルムの尺にして何フィート回したのかは知らないが、界隈にしか通じない楽屋ネタで構成されたMVに比べて、生駒のパフォーマンスが語る能弁で濃密な一瞬とは比較にもならないほどだった。

 

 さらに、生駒と三船にはもう一つ共通している特長がある。演出家やクリエイターの演出意欲を掻き立てるアクターであることだ。「次はこんな役はどうだろう」「こんな世界に置いてみたらどんな演技をするだろう」という具合に、一つの役柄に縛りつけたくない存在なのだ。

 三船を起用するにおいて特にその傾向が強かったのはやはり黒澤明だろう。自作『静かなる決闘』で、三船を医者役で起用した経緯について以下のように書き残している。

三船は、デビュー以来、ほとんどやくざばっかりやっていたが、この辺でその芸域を広げさせたかったので、がらりと役を変えて、倫理観の強いインテリの役を用意した。(黒澤明著『蝦蟇(ガマ)の油』より)


 そして、生駒里奈。生駒がセンターを務め、乃木坂46の初期の代表曲「君の名は希望(DANCE & LIP ver.-)」や生駒のソロ曲「水玉模様」のMVの演出を手がけた丸山健志監督は、雑誌『MdN EXTRA 乃木坂46 映像の世界』(2016年11月号)での生駒との対談で、「もし今、丸山監督が生駒さんの個人MVを撮るとしたらどんな作品になりそうですか?」という問いに次のように答えている。

今の生駒ちゃんだと、どういうのが面白いのかな? でも、新しい生駒ちゃんを見たいですよね。一ファンとしても「こんな生駒ちゃん初めて見た!」って驚きたいし。だから、ほかの監督が生駒ちゃんを演出するとこうなるのか、という新たな発見があって。柳沢(翔)監督の「シャキイズム」を見たときは衝撃を受けましたもん。「うわ! 生駒ちゃんでこんな表現ができるんだ!?」って。

 

 最後に、三船敏郎と黒澤明、生駒里奈と乃木坂46。その別れ方も似ている。

 三船は前述したように1965年公開の『赤ひげ』以降、黒澤作品に出演していない。その理由については、二人の不仲説から三船プロダクション設立による経営面の事情、三船の不倫問題を黒澤が嫌ったetc、様々な説が今なお語られているが、ぼくは『生きる』『七人の侍』などの黒澤作品の助監督を務めた堀川弘通氏の意見を採りたい。

『赤ひげ』はクロさんにとって、渾身の作品というべきで、『赤ひげ』の三船は入魂の演技だった。クロさんも、三船は『赤ひげ』で総仕上げと思ったのではないか。クロさん自身も『赤ひげ』を最後に、別の鉱脈を掘りたいと考えたに違いない。
野次馬は「それ、黒澤と三船は喧嘩別れした」とはやしたいのだろうが、私はそうではないと思う。この作品で三船は使命を終えたのである。(堀川弘通著『評伝 黒澤明』より)


 とにかく、生駒里奈は、ぼくにとって三船敏郎以来、20年近く経って自分の目の前に現れた贅沢な一瞬を与えてくれるアクターだ。

 めったに年下に惚れない私も生駒には参った。 

 ちなみに、三船敏郎と生駒里奈。どちらもルーツは秋田県由利本庄市である。

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